第2話 新たな出会い。新たな挑戦

 「着きましたよ~お客さん」

 「ん…」


 御者の声で少女は目を覚ます。自分の前へ落ちて来ていた金髪を再び耳の後ろへ追いやりながら、ほかの客の邪魔にならないように抱きかかえていた細剣を腰に差し直し席を立つ。

 

 「ありがとうございました」

 「毎度~行儀いい子だね~」


 御者が笑顔を浮かべながら返す。それにペコリと小さなお辞儀をして返す少女。胸元の丸い形をしたペンダントが夕日に照らされきらりと光った。

 

 「すみません、お勧めの宿屋はご存じありませんか?」

 「あぁ、宿屋ねぇ」

 

 御者は自身の顎鬚あごひげを触りながら街の景色に目をやる。


 「えぇ―っと、まず近くだとタラネの宿…一番でかいのだとクラージュ…、あっそうだった!アスシアってとこが良いよ」

 「アスシア…ですか」

 「うん!飯が旨い…まぁ特別うまいってわけでもないが料金が安い…ってわけでもないんだがな…」

 「えぇ…」


 少女の怪訝そうな顔を見た御者は目線をしばらく泳がせながら口を動かしたのち、大きく息をついた。


 「いやホントの話、そこの宿主と知り合いでよ、宿の宣伝を頼まれてただけなんだ」

 「あぁ、そうだったんですか」

 「うん。まあ悪くない宿さ、夫婦の仲もいいしね。お姉さんがここで何をするかはわからないけど、冒険者ギルドからもさほど遠くないからね」

 「…なるほど、場所を聞いてもいいですか?」

 「よし来た!じゃあそこの道をまっすぐ行って…」


 御者から宿の場所を聞いた少女は、人の喧騒を聞きながら30分程石畳を歩いた後、暖色に光る街頭に照らされた「アスシアの宿」の看板を見つける。少女は扉を開け、中に入る。すると、ちりんちりんと来客を知らせる鐘の音が屋内に響いた。

 

 「おっ、いらっしゃい。お泊りかな?」


 入口の左奥、何人かの人が椅子に座りご飯を食べている食堂から、椅子と椅子の合間を縫って小柄な少女がタタタタと駆けてくる。そのせわしなく動くネコミミを見ていると、小柄な少女はカウンターに備えられた椅子に乗り、話しかけてくる。

 

 「はい。一か月程宜しいでしょうか?」

 「もちろんさ!代金は食事込みで一泊2500だから一月で75000ね」

 「わかりました…はい、これで」

 「…うん、確かに受け取ったよ!それじゃぁ改めて…ようこそ、アスシアの宿へ!あたしの名前はシア!お客さんの名前は?」


 元気よく受け答えするシアの質問を受けて、少女のやや釣り目がちな碧眼がシアを捉える。少女の目には、どう見ても年下にしか見えない茶髪のネコミミ少女が自身を見上げて立っていた。


 「ユドルです」

 「あいよ、ユドルちゃんね。晩御飯は食べたかい?」

 「いえ、まだ」

 「わかった!じゃあ早速食べてきな!頼んだダイアス!」

 「あいよー」

 

 食堂の奥から太く、そして間延びした声が返ってくる。キャロルが食堂に目を向けると、ムキムキのダイアスが厨房から手を振っていた。

 

 「さあ、早く席に着いちゃいな」

 「あ、はい」


 ユドルは、食堂へと足を運んだ。歩みを進めるたびに床の材質が木から石へと変化し、食堂ですでに食事をとっている人たちにぶつからないように注意しながら、奥の開いている席に着く。


 にやつき。席へと向かう途中、視界の端の男たちがそんな顔をしていた。男たちはなるべく相手に悟られないようにしているつもりか、酒を口内へ流し込む。自身の背中に視線が突き刺さるのを感じる。席に座ったユドルは、左手を膝へ、右手を左腕で隠すようにして内腿に置いておく。

 (私がこの宿に初めてきたからだろうか)

 食事を待っている間、自身に向けられる視線の理由について思案をしていると、ダイアスが盆にシチューとライ麦パンを乗せてユドルの席へとやって来た。


 「あいよ、冷めねぇうちに食っちゃいな」

 「ありがとうございます。...あっ、美味しい」

 「へへ、ありがとよ嬢ちゃん」



 ダイアスが持ってきた食事は確かに美味しかった。しかし、どうしても居心地の悪さが食事の美味しさを鈍らせてしまっているように感じてしまう。

ユドルはダイアスと会話をして何とかこれを紛らわせようとした。


 「そういえば先程受付してくれたお子さん、元気でいい子ですね」

 「あぁ、あれは嫁だ」

 「えっっ」


 爆速で出鼻を挫かれてしまった。手に持っていたスプーンが落ち、スプーンがスープに溺れてしまう。フリーズした思考から何とか回復したユドルは、四苦八苦しながらスプーンを救出し、またダイアスに話しかける。


 「えっと…失礼ですが奥さんの年齢は」

 「あぁ、にじゅう…」

 「13で~す!」

 「えっっ」

 「ちょっ!?」


 ダイアスの後ろから現れたシアが自身の年齢を発表し、唐突にダイアスがハゲロリコンにされる。すると、一連のコントを見ていた男たちが口に含んでいた酒を吹き出しながら笑い出した。


 「あっはははははは!!!!!!!。ったく良い反応すんなあの女…」

 「俺も最初はあんな感じだったんだなぁ…」

 「あ~だからお前らあいつの事見てたんだ」


 他の客の呟きや笑い声を聞いて、ユドルは自身に向けられていた視線の理由を察した。軽くため息を付きながら警戒して損したと左腕をテーブルに乗せる。

 

 「冗談…ですよね?びっくりしちゃいました」

 「あはははっ、うちの鉄板ネタさ!」

 「勘弁してくれよ…。おいそこ!喰い終わったらテーブル拭けよ!」


 客の笑いに包まれる中、後頭部に手を置く困り顔のダイアスと元気よく笑うシアを見て、ユドルも自然と笑顔になる。食堂全体が賑やかな雰囲気に包まれる中、シチューを口に運び、人参の甘みを楽しんだ。

 

 「雰囲気は良いし、ご飯は美味しいし、いい宿ですね」

 「そいつは良かった。ゆっくりしていってくれよ!」

 「はい…そういえば、結局お二人の年齢はおいくつなんですか」

 「三十だ」

 「二十五よ」

 「へぇ…結構年齢差あるんですね」

 「まぁな」

 「実はあたし達、今週末で結婚してから丁度12年目になるのさ!」

 「すいませーん、ビールひとーつ!」 

 「あいよ、じゃっ俺は仕事に戻るわ」

 「あたしもまだ仕事があったわ、それじゃね」

 「あ、はい。お仕事頑張ってください。それとおめでとうございます」

 「おーう、ありがとな!」


 そういってダイアスは厨房に戻り、シアは受付に戻っていった。一連の流れをひとしきり楽しんだ客達もそれぞれテーブルに置かれている料理に興味を戻す。ユドルも同じように、目の前に置かれているシチューとパンに目線を映した。パンを手に取り、シチューと共に口に運ぶ。

 

 「…12年目?」

 

 味は微塵もしなかった。


________


 日は沈み切り、月明かりが僅かに差し込む室内。あまり寝付けなかったユドルは薄い毛布を体から引っぺがし、バックや上着が放り投げられたベットに腰かけていた。自身の手のひらで輝く丸形のペンダントを弄ぶ。そのペンダントは上半分に十字架、下半分には斜めに交差するように左右から三本の線が伸びていた。

 しばらくの間こうして時間を潰していたユドルだが、悲しい事に瞼は軽いままだ。そこで気分転換に外に出ることにした彼女は上着を羽織り廊下に出た。

 階段を降りると、食堂の隅が僅かに蝋燭が灯っているのに気が付く。明かりの元ではシアとダイアスが影を揺らめかせながらテーブルに置いた葡萄酒を飲んでいる。

 

 「ねえ、昼間リオンが一度帰ってきて行くって言っていたあのギルドの仕事、ちゃんと帰って来るよね…」

 「大丈夫さ、リオンは確かに気の抜けてる所があるけど、それでもコボルトくらいなら簡単にやってのけるさ」

 「そうだよね…私やっぱり心配しちゃって、夜になっても一向に帰ってこないもんだから」

 「きっと近くの村にでも泊めて貰ってるんだよ、それで帰って来なかっただけさ」

 「そうよね…」

 「あぁ、俺たちは信じて待とう」


 どうやら二人は、リオンという少年の話をしている様だった。二人の心配そうな声色を聞くユドルは二人を励まそうと足を踏み出しそうになるが、同時に二人の会話に参加するのは些か無粋であるかの様に感じ、そのまま二人に気づかれぬように外へ出た。

 宿屋に入る際についていた街頭はさすがにこの時間になると消灯してしまうらしい。道路には人が歩いておらず、柔らかな夜風がユドルの頬を撫でる。

 満月に照らされた道端で、ユドルはそっと胸元にあるペンダントを両手で握りしめ、せめてリオンという少年が無事でありますようにと、しばらくの間祈りを捧げていた。


 「寝坊した…」

 

 翌日、ベットの上で目を覚ましたユドルは一人呟く。上着から取り出した懐中時計を見る限り、今の時間は昼前。にもかかわらず、部屋の中は薄暗い。どうやらこの宿はやけに日差しが悪いようだ。特別早朝に起きないといけない用事があるわけでもないが、普段日が昇る前に起きている彼女にとって思わずしかめっ面になる出来事だった。

 とはいっても、昨日夜遅くまで起きていた彼女自身にも責任の一因はある。

 (…取り敢えず、この日差しが良くないのが悪いな)

 寝坊の責任を宿の立地へ押し付ける事にしたユドルは、若干苛立つ気持ちを抑えながらギルドに向かうために準備を始めたのだった。


________


 「なるほど、つまり嬢ちゃんは冒険者の登録に来たと」

 「はい」


 ギルドへやって来たユドルはそのまま受付の人の案内に従って冒険者登録の手続きを進めていた。


 「了解、それじゃぁ他のギルドでの経験はあるかい?」

 「えっと、たしか…」


 そういって彼女はポケットから手のひらサイズの木製の板を取り出した。板には冒険者であることを示す松明の印が刻まれていた。


 「これで証明できますか…?」

 「うーん…確かにこれで間違いはないんだけど、これは最初にギルドから支給されるエンブレムなんだ。この段階だと、まだギルドに信用されたわけじゃないから登録し直しになっちゃうな」

 「そうですか…じゃあ、再登録でお願いします」

 「ごめんねーほんと、じゃあ登録の手続きを済ませちゃおうか」


 暫くして、手続きを終えたユドルは新しく支給されたエンブレムを片手にギルド内を歩き回っていた。クエストや各種手続きを行う受付、クエストが貼りだされている大看板、受付とは別に有償で荷物の預かりを行う為の預り所、一際大きなホールになっている食堂…他にも簡単な武器の修繕所、医療所等、様々な施設が並んでいる。

 (だけど、施設の規模の割にはあまり人がいない…?)

 一通り回ってまた受付に戻って来たユドルは、近くのベンチに座ってそんなことを考えていた。医療所は部屋の中の半分ほどしか使用していないし、修繕所に至っては閉鎖されている…どことなく寂れた雰囲気を感じてしまう。

 すると、受付の方から声が聞こえてきた。


 「リオン、初討伐系クエストお疲れさん。はいこれ報酬」

 「た…たったの3000…」

 「まぁ~ぶっちゃけこのレベルなら鉱山潜ってた方がましだな!もっと難易度が高いやつなら1万するんだがな。やるか?」

 「死にかけたんで遠慮しときます…」

 「だよな~」


(リオン…?)

 聞き覚えのある名前を聞いてユドルは耳を傾ける。視界の端に背の低い彼の後ろ姿を捉えながらあくまで壁に掛かっている食堂の看板を見つめる。雑に髪をくくっている彼は昨日の戦いを思い出し身震いしていた。

 

 「まぁ頑張れよ、まだまだこれからだからさ。あっ、折角だし奢ってくれよ~」

 「えっ、あっはいわかりました…」

 「いやちょいちょい、冗談だからな?真に受けんな」

 

 ポケットから財布を取り出そうとするリオンを焦りながら止める受付のお兄さん。

 

 「あっそうだったんですね!?」

 「おう!いやでもちゃんと断れるようになっとけよ、その金で、いい加減自分への投資をしたまえ!」

 「わ、分かりました!ありがとうございました!」

 「あいよ!」

 すると、会話を終えたリオンは玄関に向かって歩き出し、ユドルの目の前を通り過ぎていく。

 (ちゃんと帰って来れたんだ…)

 喜ぶ夫婦の顔を思い浮かべながら心の芯が温まるのを感じたユドルはリオンに倣うようにギルドを後にしたのだった。


 ドアの軋む音と共に鐘の音がなる。やや手狭に見える鍛冶屋では、タオルを頭に巻いた18程の青年が店番をしていた。


 「いらっしゃい!」

 「こんにちは。今日はおじいさんいないんですか?」


 ギルドから出たリオンはあちこちの店を回った後、よく通っている鍛冶屋に顔を出していた。固い石畳から出るコツコツという足音が室内で響き、リオンは青年が頬杖をついている受付に進む。

 商品棚には剣、斧、ツルハシ、梁からは鎖が垂れ下がっており、盾が括り付けられている。


 「師匠は今ちょっと出かけてんだよ。だからしばらくの間俺が代わりに店をやってんだよ。で、今日は何の用だ?」

 「ちょっと日用品を見に来ました」

 「おう、どんなのだ?」

 「えっと、それがちょっとまだ決まってなくて…」


 そう曖昧な返事をするリオンは、吊り下げられた細剣を見て再び昨日の出来事を思い出す。あと少し反応が遅れていたと思うと、思わず背筋を震わせてしまう。


 「なんだそれ」


 青年はリオンに目もくれずに露骨にめんどくさそうな顔をしながら返事をする。


 「あぁ~~…せめてフォークとか的を絞ってくれよ」

 「そうですよね…すいません…」

 「というか、決まってないって事は贈り物か、あっらっしゃい!」

 

 ドアの開く音と共に、新しい客が店内に入ってくる。店番の青年は要領のえないリオンを置いて新しい客へと目を向けた。長い金髪に釣り目がちな青い目をした少女が店内に入っていく。


 「お姉さんは何を買いに来たんだい?」

 「っ…ダガーを買いに来ました」

 「え、あの僕は?」

 「お前は後だ後、せめて何買うか考えてくれよ」

 「は…はい~」


 しっしと追い払われるリオンを驚きの形相で見つめる少女…ユドルは目線を青年へと戻しながら、青年との会話を続ける。

 

 「んで、ダガーだな。どんな用途で使うんだ?」

 「倒した魔物の剥ぎ取り用で使いたいです」

 「あいよー、じゃあ厚いやつがいいよな…、ちょっと待っててくれよ」

 「…それで、あなたは何を買いに来たの?」

 「えっ、ぼっ僕ですか?」

 

 青年がカウンターから出て商品の確認をしにいく間、ユドルは隅っこで縮こまっているリオンに声を掛けた。まさか話しかけられると思っていなかったリオンは、素っ頓狂な声で返事をしてしまう。


 「いやーえっと、実はお世話になっている人がいて…日頃のお礼がしたいなって…」

 「へぇ…どんな人なの?」

 「えっと、二人いるんですけど…」

 「おうお客さん、これなんてどうよ?」

 「あっあっ僕ダガーとかならそれなりに使い込んでるんで何か手伝えると思います!」

 「そうなの?じゃぁお願いしようかしら」

 「まぁ確かに使いこんでる奴がいた方がいいか…」


 ユドルとリオンは軽く会話を交わしながら、青年の元へと歩いた。


________


 「まいどあり~」


 無事買い物を終えた二人は鍛冶屋を後にしていた。秋に入り始めてはいるが、空高く照り付ける太陽の熱は強く地上へ照り付けている。そんな中、リオンは隣に歩くユドルに購入物の入った小箱を見せながら話しかける。


 「ありがとうございました。おかげでなんとかいい物を見つけられました」

 「こちらこそ。でもちょっと無難じゃない?」

 「いえ、やっぱりこういった物の方がいいと思いますし…というかこっちこそすいません。大した事できてなくて」


 そう言ってリオンは苦笑いをする。リオンの言うように、リオンのアドバイスは役に立っていなかった。もちろん全くでは無かったが、ぶっちゃけ一本しか使っていなかった為に途中から後ろに引いていた。あと散々店番の青年にからかわれた。


 「そんなことないわよ…ほら、えっと…その……柄とか?」

 「…あっ、他にも店寄るって言ってましたけど、せ、せめて荷物持ちやります」

 「そう?まぁバック忘れちゃってたし、お願いしようかな」

 「はい、任せてくださいよ!」

 「君の行い、きっと神様も見てくれてるわよ」

 「…神様?…あぁ」


 胸元のペンダントを見せながら、ユドルは振り向きながらリオンにウィンクした。

 数時間後、両手いっぱいに荷物を抱えたリオンはユドルと共に坂道を上がり続けていた。

 

 「はぁ…はぁ…ちょっと、多くないです?」

 「私、基本的に必要な物は現地で調達するタイプなの」

 「えぇー…」

 「ふふっ、次いくわよ」

 「まじすか!?」

 

 更に一時間後、汗だくになったリオンは階段を昇っていく…

 

 「…あの、ちょっともう持てな」

 「あ、ここ良いわね」

 「聞いてない…」


 二時間後


 「ほんとすいません、本当にもう持て」

 「見て、いいもの見つけちゃった」

 「あ、はい…」


 そして三時間後…リオンは荒い息を吐きながら自身の額を抱えている荷物に当てて休憩していた。


 「ありがとね~こんなに持ってもらっちゃって」

 「…い、いえいえ、お気になさらず」

 「でも、これでもう終わりだから」 


 日がこの町を囲む山々に沈み始める時間になったところで、ようやく二人は帰路についていた。当初は申し訳なさでいっぱいだったリオンだが、大量の汗が湧き出る手に持っている荷物のおかげでそんな気持ちは完全に消し飛んでいた。もうひと頑張りと顔を上げ直すと、気分良さそうに歩くユドルを視界に捉えることが出来る。

 

 「人使いが荒い…」

 「なんかいった?」

 「なっなんでもないです!」

 「そう?まぁいいけど」

 「ふぅ…」

 

 早朝から町まで歩いてきたこと、追加で重い荷物を持ったことでリオンの足は既に破裂しそうになっていた。もうユドルがちょっと憎たらしく見えてくる。

 

 「そういえば、神様って言ってましたけど、そのペンダントって…」

 「あぁ、これ?わたし、マディア教なのよ」

 「そうだったんですね」

 

 ユドルは再び胸元のペンダントを見せながら話す。マディア教は複数の国をまたいで信仰されている非常に大きな宗教だ。

 

 「小さい頃、教会の牧師さんにはお世話になりました。おかげで文字の読み書きとかもできますし」

 「そうだったのね。きっとあなたに教えてくれた人はとても親切だったんでしょうね」

 「そうなんですか?」

 「えぇ、本来教会の牧師にそういった仕事は無かったはずよ」

 「そうだったんですね、とすると、きっと神様も見てるんですかね?」

 「えぇ、きっとね。善い行いも悪い行いもすべて返ってくるから…」

 

 続けてユドルは両手をゆっくりとペンダントに重ねる。やや俯きがちなユドルの顔、表情、姿勢、リオンにはそれがとても神々しく映った。

 (でもこの人人使い荒いんだよなぁ…)

 リオンのユドルへの評価はすっかり固まってしまったようだった。


________



 暫く歩くと、ユドルが口を開く。


 「あっ見えてきた、私が泊ってる宿よ」

 「ふぅー、よーし後もういっちょ!」

 (とはいえ、この荷物を置いたらこの人ともおさらばだ!)

 「お疲れ様、もう大丈夫よ」

 「はは、流石に疲れましたね」

 「ありがとうね、流石に私ひとりじゃ運びきれなかったから」

 

 リオンは一度地面に荷物を置く。革鎧、鎖帷子クサリカタビラ、ロングソード、その他日用品等々…よくもまぁ持てたもんだとリオンは見下ろしながら考える。

 ようやく解放されたと、そのまま背伸びをして少し赤く染まった空を見つめる。視界の右へ行くほど赤く明るく、左へ行くほど青く暗くなってく空を見つめると、体の疲労を打ち消すような解放感を全身へ感じた。

 

 

 「でもこれでようやく、お別…れ…?」


 突如として全身を満たす達成感は一気に各々の関節へと引っ込んだ。徐々に青ざめていくリオンの目線は宿の看板へ釘付けになる。

 

 「…ちょっと持たせすぎちゃったわね。ごめん」

 「いえいえ…」


 青ざめるリオンを見て、流石にユドルがこちらを気遣いながら話しかけてくる。続けざまに労いの声を掛けようとした時、ダァン‼と二人の間に置いてあった扉が勢いよく開けられた。

 

 「リオン!?ちゃんと帰って来れたのね⁉怪我してない?」

 「わーーー!?」

 「リオン!?」

 

 扉からシアが飛び出してそのままの勢いでリオンに抱き着いてくる。リオンが被っていた帽子を鷲掴んで投げ飛ばすと、勢いよく髪を混ぜ始めた。余りの動きの速さにユドルも驚愕してしまう。


 「大丈夫⁉どこも怪我してないよね⁉良く帰って来たよほんと‼」

 「大丈夫です大丈夫ですから‼」

 「リオンが返って来たのか⁉」

 

 さらに扉から勢いよく肩をぶつけながらダイアスが飛び出てくる。


 「ふがっ!?」


 僅かに体勢を崩したダイアスの頭頂部が夕日を反射し、赤きダイアス光がユドルの目を目掛けて飛んでいった。蹲るユドルをよそに、ダイアスはシアとリオンをまとめて抱き上げる。

 

 「お帰りリオン!?飯食うか!?」

 「く…苦じい…」

 「ちょっと早く離しなさいよ!?」

 「おう悪い悪い」

 

 ダイアスのベアハッグから解放されるリオンとシア。リオンは膝に手を当て肩で息をする一方で体の柔らかいシアはケロッとしている。


 「あいかわらずの馬鹿力ね」

 「ぜぇ…ぜぇ…あ、ご飯食べます」

 「おう!じゃ、すぐ用意するぜ!で…」

 

 ダイアスは視線を移動する。


 「ユドル嬢ちゃんはなんでそこに蹲ってるんだ?」

 「目が、目が…」


 夕日が沈んでいく中、ユドルは地面に蹲っていた。



 「ごちそうさまでした」


 夕食を食べ終えたリオンは、おなかをさすりながら呟く。向かいの席ではユドルが手を動かして印を切っていた。


 「この後はどうしますか?」

 「私は部屋に戻って休んじゃうわ」

 「そしたら食器片づけちゃいますね、おやすみなさい」

 「ありがとうね、おやすみなさい」

 

 日が沈む時間、閑散とした宿の食堂内では隅でのんびりと酒を飲む客がちらほらといるばかりだ。ユドルは席を立ち、階段へと歩いて行く。それを見届けたリオンは、足に挟むようにして置いてあった木箱を脇に抱えて食器を持って仕事をしているダイアスの元へと向かう。


 「おっリオン、わざわざ持ってきてくれたのか」

 「はい、ごちそうさまでした。それと、これ…」

 「ん?」


 食器をカウンターへ置いたリオンは脇に抱えていた木箱をダイアスへ手渡す。


 「えっと、いつもお世話になっています。日頃の感謝の気持ちです!」

 「えっマジ!?ちょシア!!」

 「なになに~?」

 

 ダイアスが木箱を開け、シアがそれを覗き込む。藁の梱包材で包まれた包丁が木箱の中でずっしりと鎮座しており、鈍い輝きをきらめかせていた。


 「うおお!?これスイッダの所の包丁じゃん!?」

 「えぇ高かったんじゃないの~?」

 「あはは…」


 予期せぬ贈り物に想像以上に喜んでくれたダイアスとシア。店前でもしていたようにシアがわしゃわしゃ髪をかき混ぜダイアスが二人まとめてハグをする。


 「ありがとうリオン、大事にするわね!」

 「本当にありがとな、リオン!」

 「はい!」

 

 満面の笑みを浮かべる二人に当てられ、リオンも笑顔で返事をする。この後、三人は早速包丁を使おうと研ぐのを忘れて野菜を切ったり、研ぐの忘れたわと笑いあったりしながら台所で笑いあっていたのだった。

 

 「それじゃあ、僕もそろそろ寝ちゃいます」

 「あぁ、ありがとな!」

 「うん!とても嬉しかったよリオン!・・・でもね、」

 「…?」

 「自分で稼いだお金なんだから、ちゃんと自分の為に使ってね?初めてあった頃から、全く装備とか変わっていないでしょ?」

 「あ…はい…」

 

 優しい笑みを浮かべながら諭してくるシアを前にして、リオンは痛い所をつかれたと頬をかきながら話を聞く。


 「私たちはあんたがいい子だってことわかってるから」

 「は、はい」

 「…ま、シアの言う事は一理あるけど」


 両腕を上げたダイアスは勢いよく振り下ろし一切の減速を起こすことなくリオンの両肩に乗せる。衝撃をもろに喰らったリオンは一息置いて痛みが両肩から伝播していくのを感じた。


 「ありがとな、リオン」

 「…そうね、ありがとね!リオン!」

 「はっ…はい!」


 もう一度、三人は笑顔を浮かべたのだった。


 リオンは自身の中から湧き上がる眠気を消さないようにゆっくりと階段を上がり、それぞれの部屋へとつながる廊下へ進む。薄暗い部屋の中とは打って変わり月明かりが照らす廊下はこれもう設計ミスだろとよく言われている。普段はなんてことないこの廊下だが、今日は金髪の少女が窓縁に手を掛け窓の外を見つめながら静かに佇んでいた。


 「あれ、寝てなかったんですか?」

 「ちょっとね。それで、ちゃんと渡せたの?」

 「はい。とても喜んでくれました」

 「そう…」


 二人の間に、少しの沈黙が流れる。リオンはそれを紛らわすように下で起こった出来事を話した。


 「あっそうだった、早速使ってくれたんですけど、研ぐの忘れちゃって野菜とかお肉とか碌に切れなくて」

 「プッ…何それ」

 「そうなんですよ、そこでシアさんが研いでね―じゃねーか‼って」

 「フフッ…そう」

 

 思ったより受けが良く、そのまま会話を続けるリオン。顔をこちらに向けたユドルに応えるように今度は大袈裟な身振り手振りを咥えて話す。


 「そしてほぼちぎったような野菜のサラダを軽く食べてこりゃダメだって食べてる最中なのに包丁を研ぎ始めて」

 「へぇ、そうだったんだ」

 「でも結果的には二人ともすごく喜んでくれました。最後シアさんに会った時から装備変えてないんだから自分の為に使いなさいって言わ…れ…ちゃって…」

 「そうなの?」

 

 勢いに任せて言わなくていい事を口走ってしまったリオン。ただ、ユドルはこの話に興味を抱いているように見えた。


 「そういえば、ギルドの方でも受付の人に言われていたわね?」

 「うげ…というか、いたんですか!?」

 「えぇ、いい加減、自分への投資をしたまえって…もしかして今までずっと買ってなかったの?」

 「あ、はは…そうなんですよ。なんというか、あんまり興味が湧かなくて」


 後頭部に腕を回しながら、リオンは呟く。そんなリオンをユドルは見つめている。


 「多分、自分に自信が無いんだろうなーって、思ってるんですよ」

 「そう…、でも、もしあなたが死んじゃったら悲しむ人がいるわよ?」

 「…それは頭ではわかってるんですけど」


 愛想笑いを浮かべてユドルの注意に対処するリオン。そんなリオンの苦し紛れの笑顔を見たユドルは柔和にゅうわな笑みを浮かべてリオンに話しかける。


 「それが分かっているなら宜しい。それじゃあ、私は寝ちゃうわね」

 「あ、はい。おやすみなさい…」


 挨拶を済ませたユドルは自分の部屋へと歩き出す。ユドルの動きをよそに、リオンは僅かではあるが焦りを感じていた。ただ、その焦りが何処から湧いてくるのかが分からない。何故こんなに焦っているんだろうか、と、疑問を覚えるリオンをよそに、タン…タン…と木板の軋む音が廊下に流れる。

 (良かった、何とか会話を終えることができた…)

 リオンは自身の中で沸き立つ焦りに蓋をして、自身も部屋に向かう。

 それぞれの部屋との距離はリオンの方が近い。二つの足音が、距離を放しながら廊下に響く。

 (問題ないはず…だよね?なんで、こんな焦ってるんだ?)

 体の中の何かが外に出ようとしてるかのように、体中が破裂しそうな感覚になっている。脳みそがこれに対処しようと、走馬灯のように様々な記憶を無理やり呼び出し始める。

 

 「でも、もしあなたが死んじゃったら悲しむ人がいるわよ?」


 ランダムに呼び起こされた記憶の中に、すぐさっき受け流したはずのユドルの言葉が再び頭の中に響く。

 (死んだら悲しむ…か。何を根拠にそんなことを言うんだろう。親はもう死んだ。この町には他人しかいないのに)

 歩みを進めるリオン。

 (中の良い人…。ダイアスさんとシアさんはとても恩がある人だ。いつも良くしてくれる。一応先輩の冒険者のあの二人組もからかいはしてくるけど、冒険者をやっていくうえで必要な事を教えてくれたし、他にも色々…)

  片腕を上げ、ドアノブに触れようとする。

 不意に、この町に帰るときに抱き着いてきた女性を思い出す。ジェシーと呼ばれていた彼女は、真っ赤に泣きはらした目をしていた。

 (もし、自分がコボルトに襲われたあの人みたいになったとして、みんなは悲しむのかな)

 リオンの脳裏に、これはただの妄想だが、四肢を食いちぎられた自分の姿が描かれる。気味が悪いがその光景を想像しても特に思う事は無い。続いて悲しむ彼らの光景が映る。ジェシーのように涙を浮かべる顔を思い浮かべる。

 

 その時、何故かドアノブに触ることが出来なかった。


 リオンは顔を俯け、状況を確認する。たまたまドアノブのある位置とは違う場所に手が移動してしまった訳ではなく、手はちゃんとドアノブの形状に沿っていつでも掴めるようになっていた。ただ、腕全体が震えていた。


 「…あっ、そっか」


 涙を浮かべる人達、特にダイアスとシアの顔を思い浮かべた時、身の毛がよだつほどの恐怖が体を支配していた。大切な人を亡くしたジェシー、自身に忠告してくれたユドル、そして…こんな自分からのプレゼントに喜んでくれた二人。

 (自分なんかが死んでも問題ない。あの二人が悲しむわけない)

 すかさず自分の中に何かが割り込んでくる。だが、今日一日に起こった出来事が、この何かの存在を教えてくれ、それが何なのかを教えてくれる。

 自身に背を向けて歩くユドルに、リオンは意を決して話しかけた。

 

 「あの、ユドルさん」

 「…?。どうしたの?」

 「僕、やっぱり自信が無いみたいなんです」

 「えぇ、さっきもいっていたわね…?」

 「なので、自信が持てるようになりたいんです」

 「え、えぇ…?」

 「でも、やっぱり僕一人だけじゃ難しそうなんです。だから…」

 

 ここにきて、「自信のない自分」が否定の感情をぶつけてくる。リオンは顔を俯かせ、それを無理やり喉の奥に追いやると…


 「だから、パーティを組みませんか?」

 

 


 


 


 


 

 

 


  

 

 

 

 

 


 

 


 

 

 

 

 





 




 


 

 

 

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