第16話

春馬くんからの着信で目を覚ました。

職場に電話してから、寝ていたらしい。

「奈央?大丈夫?」

「うん、ごめんね、心配かけて。」

「俺は、何も。」

「あのね、別れようか。」

「な、んで?」

「もう右耳は戻らないみたい。まだ今なら大丈夫でしょ?」

「なにが?」

「顔合わせとか、してないし。何も決まってないから。」

「決まってる。奈央と俺は結婚する。」

「だってさ、もう治らないって言われたよ?」

「なんで?そんなこと。話もできるし、何も変わらない。」

「変わる。変わるよ。」

「変わらない。大丈夫、大丈夫だから。」

何も言えずにいると、

「大丈夫だから、俺じゃなきゃダメでしょ?奈央は。」

いつものちょっとウザい春馬くんがそう言った。俺だから、大丈夫だって。

「とにかく、迎えに行くから。」

そう言って、電話は切れた。


リビングに降りると、ダイニングテーブルにははたくさんのおかずが並んでいた。

「今呼ぼうと思ってたのよ、夕ご飯食べよう?」

帰ってきていたお父さんが悲しそうな顔でこっちをみた。

ごめんね。右耳はもう聞こえないって。

そう言った私の声を聞いて、今にも泣きそうな顔をしたお父さんは、

「そうか、まずは、ご飯食べよう。」

そう言って無理矢理な笑顔を作った。


ピンポーン。

食べているとインターフォンがなり、お母さんに続いて春馬くんがリビングに入ってきた。

「か、関係ないですから。耳がどうこうだとか、俺は、奈央さんと一緒にいたいです。」

上擦った声で、いきなり話し始めて、お父さんもお母さんも私もポカンとしてしまう。

「あ、の、俺、奈央さんと、」

今度は急に勢いをなくして、消えそうな声をだす。

「ありがとうな。春馬くん。」

お父さんがふんわり笑ってそう言うと、春馬くんが笑って、お母さんも笑って、わたしも笑った。

春馬くんも一緒にご飯を食べた。2人で住み始めた家がどうとか、その周りの美味しいお店とかお父さんとお母さんも楽しそうで、春馬くんも楽しそうで、聞こえないなんて忘れるくらいには、私も楽しかった。


泊まっていいと言われても、帰ると言う春馬くんに私も賛成した。たぶん私が春馬くんの実家に泊まるってなっても、帰りたいなって思うだろうから。

お母さんが待たせてくれたおかずを入れた紙袋を待って帰る。

なんとなく、何も言わなくても春馬くんの左側にいて、何も変わらないように錯覚した。

「春馬くんのお母さんたちにも言わなきゃね。」

「何を?」

「耳のこと。」

「まぁ、まだ良いよ」

「ありがとう、あと、仕事辞める。」 

「え?ん、そう。まぁ、大丈夫、大丈夫。」

「んふふ。」

「なに?」

「大丈夫ばっかり。」

「大丈夫だから、大丈夫なの。」

「ありがとう。」

「ん。」

繋いでた手をぎゅっと握り直した。

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