第6話

扉を開けると、香ばしいパンの香りが吸い込まなくても脳まで入ってくる。

開店して間もないのに、中は数人のお客さんがいて、賑わっていた。

「奈央、何にする?」

パン屋さんに着くなり、すぐに離れた手にはすでにトレーとトングがあった。

んー、と周りをゆっくり見回した。

「これは?」

春馬くんの目の前にはくるみパンがあった。私の好きなくるみパン。

「それにする。」

またも肯定されたことにニヤけているけど、両手が塞がっているので隠せない。

ニヤつきながらパンを見る姿は、パンが大好きな人にしか見えないから、それがまた可愛いなって思う。

私までニコニコしながら、春馬くんの後ろをついて周る。時々私に確認しながらどんどんトレーに乗せていく。そんなにたくさん食べるの?と心配になるくらいのパンを乗せたトレーはレジにたどり着いた。

新装オープンしたばかりなのに、パンを見るだけで値段をレジに打ち込んでいくお姉さんの指が綺麗だった。

春馬くんはパンばかり見ていて、お姉さんのことは見ていなかった。

「私出すよ。」

「俺が誘ったからいいよ。」

「じゃぁ、ハンブンコしよ」

「えぇ。」

不満そうな声を出して、笑ってるのか困ってるかわからない顔をしながらお金を払ってくれた。

「ありがとうございます。」

お姉さんの声はよく通る気持ちのいい声だ。


カランコロン。

「春馬くん、ありがと。」

「ん。」

手を差し出して、いいよ。本当、俺が誘ったんだから。って前を向きながら言う。

でも、寒くなったら乗らないからこの誘いには、だから払っておきたかったな。なんて思うけど、口にはまだ出せず、

春馬くんの手がさっきより暖かい気がした。

「コーヒー買おうよ。」

そう言った私の声に、また、春馬くんの尻尾が見えた気がした。

すぐ近くのコンビニに入って、私は冷たいコーヒー、春馬くんは熱いコーヒーを選んだ。QRコードを表示したスマホを店員さんに見せると可愛らしい音がして決済が完了した。

コーヒーメーカーが2台並んでいる前で春馬くんはお砂糖やら、ミルクやらを入れながら話す。

「奈央、ご馳走さま。」

「いえいえ、パンありがとうだよ。」

「パンどこで食べる?」

「さっきのベンチは?」

「いいね。そうしよう。」

私の右手には真っ黒の冷たいコーヒーが、春馬くんの左手首にはビニール袋がぶら下がっていて、手には暖かい白い紙コップが。

中身はきっと優しい色になっているだろう。

私も、熱いコーヒーにしたらよかったかな。

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