第5話

ベンチに並んで座る。春馬くんの右側。

並び位置が変わることはない。漫才師さんもびっくりのキープ力でこの並び位置は崩れない。あの日からずっと。

「パン屋まだ開かないかな。」

ポケットのスマホを取り出して、

「7時からだって。」

開店時間を検索して伝えると、春馬くんはまた目をまんまるにして、それから、笑うと目はすごく細くなる。

「もうオープンしてるじゃない。」

7時12分。右手につけたスマートウォッチの液晶は、少し前にパン屋さんの開店時刻を差し終わっていたし、今日も私の好きなキャラクターが背景にいる。

「散歩の前に、腹ごしらえする?」

「いいね。そうしよ。」


すっと立ち上がった春馬くんはいつも通り手を出して、私はいつも通り握った。

手を繋いでさっきよりも少しだけ早いスピードでパン屋さんに向かうのがなんだか可愛くて笑ってしまった。

「なに笑ってるの?」

「だって、お腹すいてるのかなって。」

「奈央、空いてないの?」

「空いてるけど。」

じゃぁさ、と呆れてるのに、なんだか嬉しそうな顔をして歩いていく。

ふわっと薫る香ばしいパンの匂いに混じって、甘い匂いがした。

パン屋さんの近くに金木犀の木があるのが見えた。

金木犀の香りのバスグッズやら、クリームがたくさん売られているのを最近よく見かける。

テスターを嗅ぐといい匂いだなって思ってたけど、こんなに近いと甘ったるくて、そんなに好きじゃない。

オレンジの小さな花がぎゅっと集まってて、集合体恐怖症の私は目を逸らした。


カランコロン。

「いらっしゃいませ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る