「ここはわしの居場所じゃ」

 わしが床をいじいじしていると、看守がやってきてカラの皿とトレーを回収していった。


 淡々と業務をこなし、自分の持ち場に戻っていく。


 あぁ、仕事ができる看守というのはいいのう。この看守になるまでほぼ放置プレイじゃったからのう。


 プレイというにはあまりに長すぎたがのイッヒーヒッヒ!


「何笑っているんですか……不気味」


 背中に刺さる視線が痛い。

 現在日も沈んで夜だ。わしは布にくるまって寝転んでいる。壁しか見えないが、おそらくメリダも同じように反対側の壁際で横になっていることだろう。


 寝返りをうって振り向く。月明かりの影にメリダは埋もれていた。ナイスバディなシルエットだけが見える。


「これから二人暮らしになるんじゃぞ? もう少し仲良くなろうとしてもいいんじゃないか」


 自分にかけてある布をめくりあげる。


「ほれ近うよれ、苦しゅうない」

「死んでも嫌です」

「そんなにっ!?」


 愕然とするわしに、メリダはため息を吐く。


「神は常に見ています。だというのに悪魔に魂を売った魔女と仲良くなんてなりません」

「そんなー!」


 こんないたいけな超絶美少女のララを捕まえて魔女だなんて。


 ま、本当に魔女なんじゃがな!


「だいたい、こんな牢獄でそんなに元気なあなたの気がしれません」

「一番マシな環境なら喜んで居座るじゃろ?」

「マシ?」


 メリダの言に頷いた。


「ここはわしの居場所じゃ」


 至極、真面目に答えた。


「は?」


 だというのにメリダから返ってきたのは、理解とは程遠いものだった。


「こんな薄暗くて、ジメッとしていて、何の自由もない場所が、ですか」


 心底わからないといった声音だった。


「そなた、魔女を暴く手段を知っとるか」

「体のどこかにある契約の印を探すことです。そこに痛みはないと聞きます」


 その口ぶりからしてここに来るまでは何もされていないようだった。


「拷問じゃ拷問」


 わしは昔を思い出しながら語った。


「まず水責めじゃな。何度も川に沈められたり、バケツ一杯の水に顔を突っ込まれることもある」


 あれで何度窒息したことか。


「呼吸ができなくての。死ぬ寸前で引き上げられるんじゃ。それで息を吸ったらまたぶち込まれる。間違えて水を飲むときもある」

「うわ」

「逆に水を飲ませ続けられるときもあるぞ? 腹がパンパンになる。お腹を押されて水を吐き出させるわけじゃな。自白強要じゃな」


 シルエットが口元をおさえた。


「わしには立派なシルシがあるが、他のやつは焼きごてで印を作らされてそれを契約の印だと言われる。印は痛みがないとされているがやつらの使う判定用の針は随分ななまくらでな。先が潰れているし、痛くないに決まっている」


 ちなみにシルシの部分は刺されたら普通に痛い。痛がって魔女判定されなかったこともある。


魔女の証拠が出ないと出るまで色々させられる。重い石で腹を潰されそうになりながら自白を強要したりな。


「極めつけは体を縛られて水に沈められる。沈めば無実、浮かべば魔女」

「沈んだものは」

「生きてると思うか?」


 ゴクリと唾を飲み込む音が響いた。


「異端審問なぞ名ばかりじゃ。魔女であるかそうでないかではない。いかに魔女にするか、じゃな」


 何度か看守に聞いたことがある。


 魔女狩りの時代は終わったか? と。


 看守の答えはいつも決まっておる。終わってるのなら俺の仕事も終わっているはずだ、と。


「わしの右目に」


 右目を覆う包帯をなぞる。 


「わしの髪」


 髪をすくい上げてメリダを見つめる。


「極めつけにシルシ」


 自嘲気味に笑う。


「誰もわしをまともに見ない。待っているのは迫害だ。その点ここはいい。何もない」

「……悪魔と契約していれば当然でしょう」


 メリダのその言葉はわしに向けられたものではなかった。自分に言い聞かせるように、絞り出しているように思えた。


 頭ではきっとわかっているはずだ。魔女じゃない者でも似たような者はいくらでもいる。


「ま、安心せい。お主に拷問はないじゃろ」

「……本当ですか」

「あぁ。敵国の兵だしな。派手に死刑にして、フウラル王国の正当性を挫ければいいのじゃろう」


 神の声を聞いた聖女の、大躍進。それはつまり神はフウラル王国に味方しているということになる。さぞフウラル王国の士気は上がったことじゃろう。逆に突撃してどんどん押される帝国には腫れ物だったはずじゃ。


 農民の出が正しく宗教を理解しているわけがない。異端審問で聖書の意に背くことを口にした瞬間、魔女にしたて上げ、派手な場所に民衆を大勢集めて公開処刑じゃろう。


「死刑では困ります。まだ私にはやり残したことがあります」

「なんじゃ」

「フウラル王国を勝利に導くことです」


 わしはため息を吐いた。


「神の声は勝利を望んでいたのか?」

「無論です。そして取り戻せ、と」


 もう何も言うまい。


「ま、真にそなたが求められているというのであればフウラル王国が助けてくれるじゃろ。それまでの辛抱じゃな」


 神がいるというのなら、それで解決じゃ。

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