「掃除をするぞ、掃除を」
新しい朝が来た。希望の朝というやつじゃな。
「うーん、冷たい海風」
肌に風がチクチク刺さるわ。わしは自分にかけていた布をメリダにかけて、背伸びをする。小窓からわずかに差し込む日の光が、砂漠のオアシスのようにひなたを形成していた。そこに座り込んで、太陽の温かみを感じる。
「うーん、ここで二度寝しようかの」
背中に当たる四角い日の光はとっても気持ちがいい。この牢獄で癒しを与えてくれるもののひとつじゃ。
目を瞑って、衣擦れの音や呼吸音を聞く。
「うーん、人がいるって素晴らしい」
メリダの顔はもっちりしていてやわらかそうな頬をしているのに、顎のラインはシャープでマジ美少女だからのう。わしと同じでワンピースじゃから胸周りは少し緩いし、腕は剥き出しだし、目の保養じゃ。これでむさいおっさんとか放り込まれていたら最悪だったかもしれん。
そもそも男なんて放り込まれないか。
「何の顔だ?」
「うひゃあ!」
声が降ってきたので跳び上がる。目を向けると、牢獄の扉をあけて看守が入ってくるところだった。両手にはバケツと雑巾の入ったかごがある。
「気配消すのはよくないと思うぞ、看守」
「世間を騒がせた魔女相手にはちょうどいいだろ」
バケツとかごを置きながら、看守は笑う。絶対からかってきたじゃろ。
看守も囚人も娯楽が少ない。この閉鎖された空間では、ものも限られてくる。酒も貴重だし。
……せや。
わしは立ち上がると看守に近寄る。不思議そうに見下ろしてくる看守にニッコリ微笑みながら両手を広げて抱きつ――
「もが」
頭を掴まれて阻止された。
「なんでぇー」
「囚人が甘えてくるな」
「囚人の前に超絶美少女じゃぞ」
心底うざったらしそうな顔をする。
「自分でいうやつがあるか」
「えー事実じゃし」
「いまだに
「だから
わーわーと抗議しているとため息を吐かれる。
「朝から元気だな。頭に響く」
「やはりおっぱいか! でかいのがいいのあだだだだだ! 指!? 指の力じゃない!?」
頭をギリギリ掴み上げる看守の手。頭蓋骨に指の形でも残したいのかと思うほどとんでもない力で圧迫される。
「いいから掃除をしろ」
「ひゃい」
看守の指から解放され、わしは頭をおさえる。
「こんな年端もいかぬ女子になんてことするんじゃ」
まぁ「年端もいかないのは見た目だけだろ」なんじゃが。
言われた!?
「心はいつまでも乙女じゃ」
「口調がもう乙女じゃないな」
看守が右手をあげる。
そこに拳が飛んできた。空気の弾ける音が牢に響く。拳から伸びる腕を辿るといつの間にか起きていたメリダが、看守に拳を叩き込んでいた。
「二人そろって俺を倒そうって魂胆か?」
わしは目を細めた。
「わしが脱獄すると思うか?」
「さぁな。こいつを止めてくれれば多少は信じるが」
メリダを見る。
息をゆっくり吸い、体の中の力を認識する。そしてメリダの額にそっと手を当てた。
『腑抜けろ』
わしがそう言うと、メリダの体からすっと力が抜け、その場に座り込んだ。
「……え」
瞳に困惑が浮かぶ。
「それじゃ一時間後に取りに来る」
看守はわしらに背を向けると牢獄を出て、しっかり鍵をしめてからいなくなった。
「……そんな無計画に脱走企ててると心象悪くするぞ」
座り込んでいるメリダに声をかける。
「何を、したのです」
「話すと長くなるぞ?」
「一単語でお願いします」
「無駄にハードル高いな!?」
もはや説明受ける気ないじゃろ。
「一言で言うなら魔術だ」
「あるのですか」
「難しい手順は必要ない。わしの中のプラーナを声にのせて放つ」
「プラーナ、というのは」
「どの生物にも流れている、生命力のことだ。そなたにもあるぞ」
わしはかごに入った雑巾をバケツの水に浸ける。
冷たい。めっちゃ冷たい。
「言葉を現実にできる力、と言えばわかりやすいかの」
「それを使って脱獄できないのですか」
「無理じゃ」
わしは断言した。
「プラーナを認識するのにも声にのせるのにも相当な集中力がいる。看守に向けてやろうとすれば、わしは次の瞬間グチャグチャの肉塊にさせるじゃろう」
言葉を紡ぐ前に五回は殺される自信がある。
「万能ではないのですね」
「万能だったら魔女は神として崇められていただろうからな」
雑巾を絞ってから床に叩きつける。
「新入り、仕事の時間じゃ」
わしはキメ顔で続けた。
「掃除をするぞ、掃除を」
わしは魔女のララ! こっちは最近投獄された聖女メリダ! 月待 紫雲 @norm_shiun
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