「目がぁぁー! 目がぁぁぁぁあっ!」

「あぁあああイッタイ、目がァアア!」


 目を襲う激痛に悶えた。目を抑えながら足をばたつかせて床を転がる。

 容赦なさすぎるじゃろ! 目が潰れるかと思ったわ!


「目がぁぁー! 目がぁぁぁぁあっ!」

「ふんっ」


 叫ぶわしに、鼻を鳴らすメリダ。こやつ神がどうとかと言っときながらすぐ暴力に走ったぞ? 博愛はどこにいったんじゃ。


「うごぉお。目が見えなくなったらどうするつもりじゃ……わしの大事な左目ぇ」

「右目は見えないのですか。眼球はあるようですが」


 わしは右目に包帯を巻いていた。眼帯じゃな。突き刺した指に眼球の感触があったんじゃろ。


 こわ。


「見えるッ……」

「ならなぜ包帯を」


 わしはむくりと起き上がり、右目を抑えながら聞く。


「見るか? 言っておくが覚悟が必要じゃぞ」

「そういう設定ですか」

厨二病もうそうへきではないわ!」


 というか魔女なんじゃから妄想じゃないに決まっておるじゃろ。持たざる者の妄想をわしに持ってくるな。


「じゃあ何なんですか」

「フフ……強大な力を隠すためじゃ」


 わしがふざけて眼帯を抑えながら言うと、メリダは極めて失望したような顔になった。


「やっぱり痛い人じゃないですか」

「痛くないわ! ……痛くないよな?」


 なんか心配になってきたぞ。


 とりあえずこういうときは咳払いをしておこう。


「いやしかし。そなた、歳上は敬うものじゃぞ! わしを敬え!」

「尊敬すべき素晴らしい人格者はそのような言葉を口にしません」

「グギギ……」


 言い返せぬ。賢者のような落ち着きと思慮深さはわしにはない。


「だいたいあなた一体いくつなんです? どう見ても子どもですが」


 言外に歳下だろ、と言われる。

 わしの背丈は百と四十ほどだ。顔も幼いし、何なら本当に体は若いし幼い状態のままだ。魔女なのでな!

 まぁ、わしの体質の問題もあるんじゃが。


「そなたよりは生きておるよ」


 スープを吸ってずっしり重くなったパンを食べる。


「……で? いくつなんです」


 疑いの目で見つめられた。


「まさか、信じておらん?」

「そんな幼い見た目で私より年上なわけないじゃないですか。魔女は嘘をつきますし」

「もうわしから話を聞く意味を全否定してないかそなた」


 魔女は嘘つき、はっきりわかるんじゃな……わかってたまるか。


 わしはパンとスープを食べ終えると鉄柵の隙間に腕を通して大声を出した。


「看守ぅう! 看守ー!」


 看守を呼ぶ。ほどなくして、心底面倒くさそうに看守がやってきた。


「なんだ、アップルパイならあげないぞ」

「なんじゃと! くれ!」


 パイなんてしばらく食べてないぞ! ずるい。


「罪人に施しをする仕事はない」

「そんなご無体なー」


 わしの涙もむなしく、看守はドライに対応する。もちろんウソ泣きじゃ!


「それで。用があったんじゃないのか」


 あ、忘れるとこじゃった。ささっと涙を拭うと「やっぱ演技か」と看守に睨まれた。

 てへっ。


「そなた、ここに勤めて何年じゃ」

「七年だ。おかげですっかりアラサーだ」


 ニヒルな笑みを浮かべながら聞きなれない言葉を使う看守。わしは首を傾げた。


「アラサー?」

「若者言葉で二十代後半から三十五までを指す言葉だそうだ」

「はえー」


 使えない知識が増えた。外に出れば違うのかもしれんがまず外に出れぬしな。もうアラサーを自称できる歳でもないし、他人を呼ぶことにしか使えない。


 ……うん?


「じゃあこれからそなたをアラサー看守と呼ぼうか!」

「しばくぞ」


 凄まじい殺気で睨まられる。


「ォヒィ……!」


 思わず体が震え上がった。コワすぎ。超コワすぎ。


「こ、殺さないでほしいのだ……」

「殺せないだろ。というか、俺の従事年数聞いてどうするんだ」

「おう、そうじゃった。わしはここに来てどれくらいじゃ」

「なんだ、藪から棒に。俺より三代前だから、三十年はいるんじゃないか?」

「そうかそうかありがとう。苦しゅうない、持ち場に戻ってよいぞ」

「囚人が偉そうにするな」


 呆れた顔で看守が帰っていく。


「ちなみにそなたが今までの看守で一番好きじゃぞー」

「ハイハイ、光栄なことで」


 軽く受け流されて、看守が視界から消えるのを確認してから振り返る。

 そしてしてやったりな顔をしてやった。


「それで? そなたはその美貌でもってわしより年上と?」

「あなたが悪魔本人だったりしません?」

「まっさか。悪魔ならこんな牢獄におらぬよ」


 メリダの疑問を手を振って否定しつつ笑う。


「私をそそのかすのが目的、とか」

「ならもっと付き纏うじゃろ」

「……その髪と目は?」

「これか? これは元々じゃ」


 わしは自分の腰まである髪をすくい上げる。雪で作った糸のように、真っ白だった。右目はメリダには見せていないが、左目は赤い。


「気持ち悪いと思うか? それとも怖いか?」

「いえ」


 メリダは何かを言い淀んで、首を振った。


「決してそのようなことはありません」

「……ありがとう」


 昔はよくこの見た目で「悪魔の子」だとか散々言われてたんだがな。まぁ、実はまさしくその通りなんだがなニシシ!


「そろそろ食え。スープが冷めるぞ」

「私は」


 言葉を遮るように盛大にお腹の虫が鳴る。メリダは自分の腹を見てから、顔を真っ赤にした。

 くりっとした瞳といい、小さくすぼめた桜色の唇といい、表情が可愛い。ところでその胸で自分のお腹が見えるんじゃろうか。


「……食べます」


 恥ずかしそうに顔を伏せて静かに祈りを捧げてから食事を始める。わしはそんな彼女の姿をじっくり眺めていた。


 うん、美女は目の保養じゃの。わしも美少女じゃが。

 わしも立派な美少女じゃが?


「それで、なぜ笑ったのですか」

「うん?」


 パンを頬張りながら、メリダが尋ねてくる。


「何をじゃ」

「目つぶしで記憶飛んだのですか」


 顎で手をさする。なんか笑ったっけ。


「……あぁ」


 神とか試練の話か。


「ここにきた時点で希望なぞないのよ。だから試練なぞない。ここが墓場よ」


 異端審問。

 そんなもの、魔女かどうかの真偽を決める場ではない。魔女とし、裁くための場所だ。


「神がついているといったな。根拠はなんだ」

「神の声が聞こえるのです」

授かりし者ギフテッドか。今も聞こえるか」


 わしの質問にメリダは暗い表情で首を振った。


「戦で負けてからは一度も。あの、ギフテッドって?」

「天から授かった能力」


 天井を指差しながら、わしは答えた。

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