「私には神がついているのですから」

 しばらくすると看守が扉をあけてきた。二人分の食事が乗ったトレーと茶色い布二枚を持って、中に入ってくる。布が二枚なのは、下に敷く用と体にかける用で必要だからだ。


「あの、ナチュラルに中に入ってきましたね」


 看守は首を傾げながら鷹のような目をわしに向けてくる。


「ララ・ピカ。トレーを取っておいてくれ」

「仕方ないのぅー」


 トレーを受け取って床に置く。看守は布を二枚とも、メリダに渡す。


「メリダ・エウラ。海に囲まれていることもあってここは冷える。冬も近い。しばらくしたらローブを用意しよう」

「わしの分は、わしの分!」


 背伸びしながら手をあげると看守は頭を撫でてくれた。


「無論用意する」

「看守ぅー最高ぉ!」


 わしが両手を上げて喜んでいると、看守の視線が一点に集中した。


 鉄柵のメリダが歪めた部分だ。


「……ところで鉄柵の一部がひしゃげているのはなんだ」

「ななななんのことでございませうか!?」


 わしは手をあたふたさせながら冷や汗をかく。看守に怒られたことはないが、怒ったら怖そうなのだ。


「まあ、いい。あまりにひどくなるようなら直してもらうぞ」

「喜んで!」


 わしの頭から看守の手が離れる。うーん、大きくてゴツゴツしててとても良い心地じゃった。


「さて、メリダ・エウラ。フウラル王国の出方次第だが、異端審問にかけられる予定だ」


 フウラル王国は帝国と長年戦争を行っている国の名前だ。なるほどこやつフウラル王国の出身か。帝国を敵と呼ぶのも自然だ。


「私は魔女ではありません。きっと神がお助けになってくださいます」

「神のご加護とやらで、身代金が支払われることを祈るんだな」


 看守は淡々と言うとわしらに背を向ける。するとメリダの目が光った。さっと立ち上がると、素早く看守に飛び掛かる。


 そして首にしがみついた。足を腰に巻き付けて、首を締め上げる。

 看守の大きい背中に、押し付けられるおっきな胸。ぎゅむっと形を変えているさまを見て、思う。


 やわらかそう。


「不意打ちなら勝てると思ったようだが」


 看守はメリダの手首を掴むと、いとも簡単に力づくで外していく。看守の首には、あの鉄柵がひしゃげるほどの怪力が襲っていたはずだが、平気そうに喋っている。


「なっ」


 メリダが驚愕する。


「ララ・ピカ。こいつをはがせ」

「サー・イエッサー!」


 わしは急いでメリダの後ろに回り込むと、その脇腹をかかえる。


「こ、こやつ……!」


 触ってこやつの体つきを知り、わしの体に電流走る。


「どうしたララ・ピカ」

「びっくりするぐらいボンッ、キュッ、ボンッな体しとるぞ!」


 盛大なため息が聞こえた。


「……いいからはがせ」


 わしは気を取り直すとメリダの体をくすぐる。


「あは、ちょっ、うひひっ」

「イーッヒッヒッヒ! ここか? ここが弱いんか? ええ!?」


 鼠径部をなぞったり、脇に手を突っ込んだりであれやこれやとくすぐっていくとメリダの脚が看守からはずれる。


 看守は鬱陶しそうに肩を上げ下げすると、牢獄から出る。そして鍵を閉めて階段を上っていった。


 ここは地下の特別牢だ。地下と言っても崖につくられているので窓はある。


 しかし看守も男よな。出てく時、顔が赤かったぞ。うい奴じゃ。


 メリダは膝をつく。


「不意打ちでも勝てないなんて」

「勝ってどうするのじゃ」

「船を奪って逃げます」


 トレーをメリダの前に置く。パンとスープのセットがふたつ。スープは栄養価が高いものだ。


「短絡的だな。とりあえず食え」


 わしはスープの皿とパンを掴むと、ワンセット頂く。うーん良い匂い。

 この牢獄で少ない娯楽のひとつじゃ。


「せっかく同室の者ができたのじゃ。いろいろ話も聞きたいしの」


 獄中生活の難点はとにかく景色が変わらんことじゃな。ぼーっと窓から海を眺めるだけで終わることもあれば、天井のシミを数えて終わることもある。しかし、メリダがいれば少しは退屈もまぎれるじゃろ。


 だって話相手がいるしの。ひとりではないというのは偉大。夜更かししながら恋バナとかできれば最高じゃな。ま、わし恋愛できる状況じゃないがな。がっははは!


「……魔女と話すことなんてありません」


 唇を尖らせながら、メリダが言った。


「悪魔の使い、ということでしょう。帝国の目的はわかります。魔女と同居させることで私を堕落させ、同じ魔女に仕立て上げるつもりでしょう」


 真剣に、腕を組んで敵意を向けられる。


「私は決してあなたたちには負けません。私には神がついているのですから」


 思わず、パンをスープの中に落とした。いや元々浸すつもりでいたのだから別にいいのだが。


「神?」

「はい」


 まるでここが教会であるかのように、両手を組んで祈りを捧げるメリダ。


「これは試練なのです」

「……ぷっ」


 吹き出しそうになったのを抑えながら、皿を置く。そして食べ物を呑み込んでから。


「ぶわーはっはっは!」


 床に転がって大笑いした。


「イーヒッヒッヒ!」


 牢獄に来てここまで純粋なのも珍しい。

 笑うわしの姿が気にでも障ったのか、メリダは眉をひそめ、わしを睨みつけた。


「ヒーヒィー!」

「何がおかしいのですか!」


 床を叩きながら抗議をしてくる。


「イヒヒッ、イーヒッヒ!」


 わしは腹を抱えて笑うだけだった。というか笑っているせいで言葉がでない。


「ま、まて! ちょっと、な? プッ、イヒッ」

「殴りますよ」

「ぼ、暴力はんた……ふひひっ」


 キレられた。

 真っ赤になったメリダから指が飛んでくる。綺麗だが鉄の棒かと思うほどの硬さでわしの目に突き刺さった。


「おぎゃああああ!」


 わしの断末魔が石造りの牢屋に響いた。

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