第92話 図書室(西堀Side)
※※
「古典の問題は作品に出てくる登場人物がどんな人か整理しておいて、どんなお話か先に訳しておくと楽だよ」
放課後の図書室、私は福田君と一緒に並んでテスト勉強をしている。
何故こうなったかというと、有村君が誘導してきたから。
だから私はそれに乗ってあげた。
有村君め、あんな見え見えの嘘をついちゃってさ……。
恐らく、ペア毎に勉強会をすることにより、愛久澤君と弦本さんを二人きりにさせてあげたいというのは建前だ。
まぁ、ちょっとは本音も含んでるかもしれないけど。
そう言っておけば、自動的に私と福田君を二人きりにさせれるから。
きっと有村君は私が福田君のことを気になり始めている……と思っているのだろう。
私が?
福田君のことを?
無い無い無い……と一学期なら即否定していただろう。
今は、少し……ほんの少しだけ気になり始めているかもしれない――。
花火大会の時、正直、私は
ほぼ確実に告白が成功するのにドキドキしているピュアな小動物系の女の子と私が好きだった男の子と付き合っている超美人の女の子に挟まれていれば、そんな気持ちにもなるだろう。
今日の私は添え物、酢豚におけるパイナップル、ポテトサラダにおけるりんご、みたいなあってもなくても良い存在、そんな風に考えていた。
だから、福田君が「月夜に提灯」って言ったときは、タイムリーすぎて笑ってしまった。
福田君本人は褒めてるつもりだったみたいだけど、浴衣着てきた女の子に向かってその言葉をチョイスするんだもん。
でも、おかげで少し気分が晴れた。
ありがとう福田君……と思っていたのだけど、
「今回は西堀さんに告白できなかったし」
この言葉が聞こえてきてから、福田君の事が頭から離れない。
(え、なに、福田君、私の事好きだったの。
だから最初、緊張してて、あんな言い間違えをしたってこと……。
なにそれ、かわいい、けど……なんで私。
私、福田君とあんまり喋ったことも関わりもそこまで無いし。
地味な私と違って明るくてイケメンだし。
初対面の隼人ともあんなに楽しそうに遊んでくれた。
優しい人……。
きっと酢豚のパイナップルが私なら福田君はメインの豚肉。
あってもなくてもいい存在の私とはまるで違う。
……もしかして、告白って恋愛の告白じゃなくて、なにか私に言わなきゃいけないことがあるってことかな。
……でも、それをわざわざ電話で有村君に言うかな――)
あの日からこんな事がずっーと、頭の中でぐるぐる回っている。
まったく、私、渾身の告白を誰かさんが断らなければこんなことになってないんだぞ。
……きっと私を振った人物は今頃、彼女といちゃこらしながら勉強してるに違いない。
けっ、リア充め爆発しろ。
……でも、その誰かさんに振られたからこそ恋愛でもう後悔するのは嫌だと思えた。
私、自身、今、隣でぼけっとしている福田君の事がまだ好きかは分からない。
分からないけど、もし、好意を抱かれているなら、もし、本当にあの日、福田君が私に告白しようとしていたなら。
……私はその気持ちにちゃんと向き合って、答えを出してあげたい。
だから……早く教えて欲しいな、福田君の気持ちを。
「ねぇ、福田君、聞いてる?」
私は肩を叩き、福田君の意識をこちらに向けさせる。
「ふふっ、引っ掛かった」
くるっと顔を向けようとした福田君の頬に私の人差し指が触れる。
私をこんなに悩ませてるんだから、少しくらいいたずらさせてよね。
ちょっとした仕返しだ。
「集中切れてるし、今日はもうやめよっか」
私がそう聞いて、ぐいっと背伸びをすると福田君はただ頷き、なにか考え始めた。
またこれだ。
最近、私が何かする度に福田君は1人で考え始める。
本当に私の事好きなの?
それとも、なにか言いたいことがあるの?
夏休み明けて、既に約1ヶ月経過。
未だに福田君は何もしてこない。
……そろそろ、動きを見せて欲しい。
「あ、そうだ。今日の復習ってことで、これ訳してみて」
私はスマホを取り出し、画面を見せる。
「なにこれ、百人一首?」
「そうだよ。私が今、気に入ってる歌。マイブームなの」
どんなブームだよ。
自分の言ったことに思わず自分でツッコむ。
って福田君、何か納得してない?
私、こういうのが好きそうな印象あるの?
『今こむと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ちいでつるかな』
『今行くと あなたが言ってきたばかりに 9月の夜長を待っている内に 明け方になり明るくてなっても残る月が出てきてしまった』
訳すとこんな感じだろう。
この歌に今の私の状況を当てはめると、
『福田君がそれっぽい、態度を取るから、私はまだかなまだかなと待ち続けているけど、動きはなく9月が終わってしまった』
みたいな感じだろうか。
福田君に対する、ちょっとした当てつけかもしれない。
「さっぱり分からん」
……分かって欲しいけど、分かられるとちょっと困る。
「もう少し考えてよ(笑)」
「答えは?」
私は首を横に振り、拒否する。
「ダメだよ。すぐに答えを知ろうとしちゃ。自分で考えなきゃ、覚えないでしょ」
隼人を怒る時みたいに、めっ、と言って私は逃げるように帰る準備をする。
「また問題出すから、次は集中してね。それじゃ、また明日」
そう言って、鞄を持って立ち上がり、図書室から出て、廊下の壁にもたれる。
「なにしてんだろ、私……」
何故あんなリスキーなことをしたのだろう。
もし、あの時、福田君がちゃんと解こうとしたり、現代語訳を調べていたら……。
全然テストと関係ない歌なので解けないとは思っていたし、今日の福田君の感じなら調べるとは思っていなかったので、予想通りなのだが、なんかムズムズする。
テスト期間中なのに、私は福田君に何を求めているんだ。
こんな時にそんな決断をさせても福田君の迷惑になってしまう……。
パチンと両手で自分の頬を叩く。
私も今は勉強頑張らないと。
夕陽が沈み始め、茜色の光が廊下から消えていく。
「……でも、福田君、有明の月がでない内に、ね」
そう小声で呟いた。
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