第80話 ハニトラ

福に例の公園の事を伝え電話を切り、今度は恋に電話をする。

恋は毒島先輩って人が花火大会に来ていることをまだ知らないはずだ。


「どうしたエビデン? もしかして、舞いたのか!?」


必死に弦本さんを探しているということが声で分かる。

ごめんね、期待させちゃって。


「ううん。見つかってはいないんだけどちょっと言っておきたいことがあって――」


福から聞いた話を恋に全て話した。


「そうか……来てんのか……」


明らかにトーンが落ちた。

やっぱり恋にとって、トラウマみたいになってるのかな。

……辛いよな、きっと。


「分かった。ありがとな、教えてくれて。俺、行くわ。後は任せてくれ、公園には来るなよ」


「あ、ちょっ、恋!」


恋はそう言うと電話を切ってしまった。

……強がるなよ、弟よ。

あんな弱々しい恋の声は初めてだ。

それなのに"公園には来るな"って?

カッコつけすぎだよ。

ここで行かなきゃ、兄では、親友では、漢では無い、そう思って公園に向かおうとしていた。


「早く舞ちゃん助けてあげないとね。行こ、優!」


うん!

う、うん?


「明日香も来るの?」


「当たり前でしょ」


俺よりも漢気溢れてるなぁ、俺の彼女……じゃなくて。


「ダメだよ! そんな危ないところ付いてきちゃ。明日香はここで待ってて」


いくら友達のためと言っても彼氏として、そんな治安の悪いところに明日香を連れていくことは出来ない。

この場に仁さんがいたら、きっと俺同様、猛反対するはずだ。


「でも……」


「でもじゃない。ここは俺達に任せて。大丈夫、いざとなったら弦本さん担いで逃げてくるからさ」


俺は明日香に向かってにこっと笑う。


「ふふっ、そんな堂々と逃げる宣言しなくても」


ダサかろうが、卑怯だろうが、まずは弦本さんの無事が最優先だ。

っていうか女の子が1人でいるところを狙う方がよっぽど卑怯だしね。


「はいはい、分かりました。私は公園まで行きませんよ」


分かってくれて何より……。

これで安心して、弦本さんの救出に行ける。


「でも……近くまでは一緒に行っても良い?」


……そんな上目遣いで言ってくるのはずるい。

くっ……でもダメだ。

危ないんだから。


「ギリギリまで優と一緒に花火見たいな……」


「分かった」


俺のバカ。

なんで許可するかなぁ。

あんな表情で言われたら誰が断れるんだろう。

明日香が花火大会を楽しみにしてたっていうのは知ってる。

危険なのは分かりきっているがその思いは出来るだけ汲み取ってあげたい。


「近くまでだからね」


「うん!」


こうして2人公園へと向かうことになった――。


「わぁ、優、見て! すっごい綺麗!」


「本当だ。ここら辺、本当に綺麗に見えるね」


徐々に街灯が減り、辺り暗くなるに連れて花火の明るさが映えるし、何より人がいない。

本当に良い花火スポットかもしれない。

治安が悪いことを除けば。


………………あ。

ここで別れたら、明日香1人にさせちゃうじゃん。

この場所に1人きりにさせるわけにはいかない。

こ、これがハニートラップ。

さっきの表情は小悪魔の罠だったのか、やられた。

くそう、策士めぇ……。


「明日香、やっぱ一緒に行こうか」


「え、どうしたの急に」


「ここで別れたら、明日香1人になっちゃうでしょ。そっちの方が危ないかなって」


「…………あ、本当だ」


素だったのかい!

本当、この子は天然なんだか小悪魔なんだか……天然で小悪魔なんだろうけど。


「何かあったら絶対守るから、離れないでね」


俺は明日香の手をいつもより強めに握る。


「……うん、ありがと」


これから危ない目に遭うかもしれないのに明日香の顔は心なしか嬉しそうに見えた――。


公園に着くと既に福が外から様子を伺ってた。

あれ、恋の方が先だと思ったけどまだなのか。


「福、状況はどう?」


「アリソン! 高憧さん連れてきちゃったの!?」


「色々ありまして……」


福の表情が険しくなる。


「アリソンが一番狙われるかもしれないから気をつけてね」


え……。

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