第78話 頼むわ
「それ本当か高憧、あいつまじで居なかったのか」
「間違いないよ。私、端から端まで全部のトイレを見てたもん。並んでる人の中にもトイレから出てくる人の中にも舞ちゃん居なかった」
こんな時に明日香が嘘を言うとは思えない。
というかこれを演技でやってるなら女優になれるよ。
それくらい明日香の表情や動作はマジだった。
にしても、告白を前にして弦本さんが居なくなる……。
なんか腑に落ちない。
「ねぇ、明日香。弦本さんも今日、告白しようとしてたんだよね」
一人で必死に考えてる恋から少し距離を取り、俺は明日香とこそこそと話を始める。
弦本さんが告白しようとしてるとか恋に聞こえたら、せっかく頑張って覚悟を決めてる二人になんか悪い気がするし……。
「そうだよ」
「女子もやっぱり、告白する前って色々考えちゃってやめようとしたり、逃げ出したくなったりするものなの?」
「少女漫画とか見てるとそんな感じだよね。まぁ、私は優の事が好きってずっと言いたかったから全然そういうのはなかったけど」
嬉しいけど聞く相手間違えたかもしれない。
メンタルお化けの明日香だもんなぁ。
入学式に公開告白してきた人がやっぱやめようかなとか考えないよね。
「でもさ、私、舞ちゃんはそういうこと考えたりしないと思うんだよね。天然なところはあるけど、めちゃくちゃ芯の強い子だし、一度決めたらやり遂げる気がするなぁ」
なんか分かる。
恋への誕生日プレゼントを選ぶ時に弦本さんの天然さと芯の強さはどちらも体感した。
あそこまで恋の事を考えてる子が逃げ出すとは思えない。
加えて迷子の線も薄いと思う。
これだけ花火大会の会場が賑わってるといえど、ブルーシートを張った場所は割と目立つ場所だし、天然の弦本さんだが、集合場所には約束した時間より早く来て待つしっかり者でもある。
そんな弦本さんが場所を忘れるだろうか?
なんかあったらメッセージ……。
「恋! スマホは? メッセージ来てない?」
俺の声に反応して、恋は咄嗟にスマホを見る。
しかしすぐに恋の顔が曇る。
メッセージは無かったようだ。
そうなるとあり得るのは……。
「「ナンパ」」
明日香とハモった。
でもそうとしか考えられない。
女の子が浴衣姿で1人でいたら声かけられるよなぁ。
「舞が……ナンパ……」
恋はぎゅっと拳を握りこむ。
気が気じゃないよな。
花火大会も終盤、弦本さんが行方不明、ナンパの可能性あり。
二人とも告白をしようとしてた日にこんなのって……。
でも、そんなことをここでうだうだと考えてる場合じゃない。
「恋、時間がないよ。急いで弦本さんを探さないと」
「分かってる」
「俺達は左の方探すから恋は右の方行って」
「……ごめんな。せっかく花火大会楽しみにしてたのに巻き込んじまって」
恋が申し訳なさそうに俺と明日香にそう言う。
俺も楽しみにしてたけど、明日香は……。
間違いなく俺以上に楽しみにしていた。
恋もそれは分かってるみたい。
明日香が相当ショックを受けていると恋は思っているだろう。
だが明日香は予想とは異なり、けろっとしていた。
ていうか頭の上にハテナ浮かんでるし……。
「なに言ってんの。花火大会なんてまた来年も再来年もあるでしょ。舞ちゃんの方が大事だよ」
そうなんだよねぇ。
この子はこういう子なんだよ、恋。
「ごめんよりもありがとうとか、頼むわとか言ってくれた方が嬉しいな」
素でこういうことを言うんだから困る。
そのうち俺以外も惚れさせそうだ。
「そうか……じゃあ、頼むわ!」
「はい、頼まれた。行こ! 優」
俺はうんと頷き、明日香ともに恋がいる方と反対側の方へ向かった――。
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