第76話 どうした急に

「いやぁ、すごかったね、今の! 橋にバーって!」


明日香が興奮気味にナイアガラを絶賛する。


「ナイアガラ初めてだった?」


「うん! 花火は空に打ち上がるから見えるんだけど、ナイアガラは病院からだと見えないんだよ」


そっか。

明日香の身体が良くなったのはここ最近。

病院から打ち上げ花火自体は多少見えるけど……。


「近くのホームセンターが邪魔で見えないんだよね」


病院からの角度だと橋を隠すようにホームセンターが重なり見えない。

人生初のナイアガラなら興奮するよね。

俺も小さい時はナイアガラが一番好きだったし。


「そうそう。優も病院から見たことあるんだ」


「うん。母さんと一緒にね」


母さんが大の花火好きだったからなぁ。

花火の日になると母さんのテンションが上がってたのを思い出す。


「病院から見る花火も結構面白いよね。花火大会の日になると川沿いの家がみんな電気消すから明るい所と暗いところがはっきり分かれるし」


「明るいところってあのパチンコ屋さんでしょ!」


「そうそう。暗いところはパチンコ屋さんの反対側にある公園」


「あそこすっごい暗いよね」


本当なんであんなに暗いのって位、暗いんだよな、あそこ。

周りに高めの建物があって、街灯もあまり無い場所だからなんだろうけど。


「でも、暗いだけあって花火はめちゃくちゃ綺麗に見えるらしいよ」


「そうなんだ。じゃあ行ってみる?」


俺は即座に首を横に振る。


「暗いだけあって治安もあんまり良くないんだよ」


ヤンキーとかの溜まり場になってるとか、淫らな行為をする場所になってるとか色々な噂を聞く。

あくまでも噂は噂でしかないが、もし仮にガセ情報だったとしても、そんな噂が立つ場所は明らかに大事な人を連れていける場所では無い。


「そっかぁ。じゃあ仕方ないね……あ! そろそろプログラムも最後の方だよ。ここからもっとすごくなるんだよね」


「じゃあ、そろそろみんなのところに戻ろっか」


ゆっくりと座って見たいしね。

流石にこんだけ時間掛ければ恋も福も告白しただろうし。


「うん! あ、その前にりんご飴~」


まだ食べるの!?

プログラムが1つ終わる毎に何か食べてるんですけどこの子――。


最初の地点へ戻るとブルーシートに体育座りする恋の姿だけがあった。

福達はまだっぽいけど、恋1人?

なんか悲壮感漂ってるんですけど……ま、まさかね?


「れ、恋?」


恐る恐る、肩を叩いて喋りかけると恋が振り向く。


「おう、エビデン、ビンタしてくれ」


「…………は?」


あまりにも唐突に、そしてあまりにもスムーズにビンタを要求されて頭の思考回路が追いつかない。


「どうしたの愛久澤君」


「おう、高憧、ビンタしてくれ」


こら弟!

人の彼女にビンタさせようとするんじゃない。

どこかの記事で見たけど、そういうのって場合によっては料金発生するんだぞ……。

そう思った瞬間、パァンと快音が響く。


「これでいい?」


ためらいなくいった!?!?!?


「ちょ、ちょっと明日香何してんの」


「え? ビンタしてって言われたからビンタしたんだよ」


躊躇が無さすぎる。

もうちょい理由とか聞いてからにしようね。


「ふぅ。ありがとな、おかげでやっと目が覚めた気がするわ」


そんな頬にもみじ作った状態で真面目に言われても……。


「弦本さんに告白出来なかったの?」


「ああ、なんか普通に楽しんでたらタイミング逃してた」


2人で楽しんでたのなら、それはそれで良いと思う。

幼馴染みで昔から近い距離感。

端から見れば絶対成功するでしょと思ってても、当人からしてみれば、やっぱり違うものなんだろうな。

この関係性だから故に逆に告白が難しいのかもしれない。


「あれ、そういえば舞ちゃんはどこに行ったの?」


「舞ならトイレだよ……あれ、そういえばトイレにしたってちょっと遅いな」


「私、ちょっと見てくるよ。すぐそこの仮設トイレだよね?」


「おう。俺じゃ見に行けないから頼むわ、高憧」


まぁ仮設とはいえ女子トイレの前でうろうろしてたらヤバイやつだもんね。

明日香がトイレの方向へ行くと、恋が深くため息をく。


「エビデンってやっぱすごいんだな」


「どうした急に」

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