第70話 最強メンタルの君

「……ごめんな」


しばらくの沈黙の後、父さんが再び話し出した。


「父さん、良かれと思って今回の話を進めていたんだが結果として二人を傷つけてしまった。自分勝手……だよな、本当に……」


「……もういいよ」


俺は立ち上がり恋と父さんに背を向ける。


「俺は一緒に住めないから……それだけ……じゃあ帰るよ」


「待ってくれ、優」


歩き出した瞬間、父さんに呼び止められる。


「なんか困ったことあったらいつでも言ってくれ」


……は?


「母さんと離婚したとはいえ、お前が俺の子供であることは変わらないんだからな」


「……っ!」


思わず奥歯を噛み締める。

おかしい。

つい最近まで家族という存在が俺にとってはとても大切に感じていた。

母さんが亡くなった今でもばぁちゃんや明日香がいることがすごく嬉しいと思っていた。

ならば今回の父さんの発言だって嬉しいはず……それなのに……悔しい。


「いつでも頼ってくれていいんだぞ」


そこまで聞いたところで勝手に足が動いていた。

走って公園を出る。


「あ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!」


これ端から見たらヤバイやつなんだろうな。

でも足も声も怒りも悲しみも止まらない。

幸い激しく雨が降ってくれてるお陰で奇声も掻き消されているだろう――。


気づくと俺は母さんの墓の前にいた。

先程の公園からそこまで遠くは無いがまさかここに来るなんて……。

父さんと話したことにより、母さんのことを自然と考えていたのかもしれない。

……そういえばさっき、ふざけるなって俺が言ったタイミングで雷落ちたけどあれって……。


「もしかして母さん?」


勿論お墓は返事をしない。

……俺は墓に向かって何を言ってるんだろう。

でも、母さんならあのタイミングで父さんに怒っていた気がした。

俺に憑依してたのかな…………母さんならやりかねないな。

想像してちょっと笑ってしまう。


「母さん。俺、親友の前で父さんに酷いこと言っちゃった」


言ったことは全く後悔していない。


「俺、正しかったよね?」


正しい事をしたと自分自身では思っている。

思っているが涙が止まらない。


「俺、恋と今までの関係でいられるかなぁ」


今回の事が原因で疎遠になったらどうしよう。

その事だけが不安で仕方無い。

人生初の友達で親友。

恋が居なかったら、クラスメイトから疎まれたままだった。

恋が居なかったら、福とも仲良くなれなかった。

恋が居なかったら、明日香に告白出来ていなかった。

恋とは親友のままでいたいが……恋の目の前で恋の父親をけなすような事を言ってしまった。

普通であれば友達の親にそんなことを言ったら、絶交されてもおかしくない。

でも俺はそれをやってしまった。

だから……


「あ、やっぱりここだ。風邪引いちゃうよ?」


背後から聞き覚えのある声がした。

振り返ると傘を差し出す明日香の姿がそこにはあった。


「……明日香……どうしてここに」


「そりゃ優の彼女だからね。すごい顔だよ。ほら拭いて」


答えになってない……。

とりあえず明日香からハンカチを受け取り、顔を拭く。


「それで本当はなんで俺がここにいるって分かったの」


「この場所は勘だよ。多分、恵美さんのところだろうなぁって」


明日香、恐ろしい子。

ん?


「この場所はって事はその前は?」


「実は優をつけてました……」


「いつから?」


「雨降る前くらい……」


最初からだね。

じゃああのやり取りも全部聞いてたのか。


「雨降るってテレビで言ってたから届けようと思ってつい……」


「そっか……ごめんね。変なとこ見せちゃって」


「ううん。優が謝る必要は無いよ。謝らないといけないのはむしろ私」


「……なんで明日香が謝る必要があるの?」


傘を届けようとしてくれて、たまたま話が聞こえたなら仕方ないし、むしろ傘を届けてくれてありがとうって感じなんだけど……。


「えーっとね……私、優のお父さんに暴言吐いちゃった」


…………………………え?


※※


茂みの中で私は限界を迎えていた。

優のお父さんの発言はいくらなんでも酷すぎる。

「一緒に暮らさないか」

「困ったことあったらいつでも言ってくれ」

「俺の子供であることは変わらない」

これまでの優の頑張りを全て否定するような発言だ。

人の気持ちっていうのが分からないのだろうか?

球技大会の時、西堀さんに酷いこと言った私が言えたことじゃないけどさ……。


すると優は走ってどこかに行ってしまった。

多分、恵美さんのところかな。

本当ならすぐに優を追いかけるべきなんだけど……。


私は立ち上がり、優と愛久澤君のお父さんに近づく。

優は優しい。

でも優しすぎる。

部外者だから言えることだってあるよね。


「あの、すみません」


「君は優と一緒にいた」


「高憧……」


「優の妻の有村明日香です」


「「え?」」


「すみませんが先程の一部始終を見させていただきました」


「あ、ああ、はぁ」


「感想を一言言わせてもらっても良いですか?」


「……どうぞ」


私は思いっきり深呼吸する。


「アホーーーーーーー!!!!!!!」


こんな大声を出したのは初めてかもしれない。

親御さんへの挨拶としては最悪かもしれないけど我慢できなかった。

あぁ、スッキリした。


優のお父さんは勿論、愛久澤君も目をぱちくりさせている。

青天の霹靂ってこういう感じかな。

実際雷鳴ってたし。


「安心してください。優は私が幸せにしますので」


お父さんに伝えると、私は愛久澤君の前に立つ。


「愛久澤君、優は多分、近くの霊園にいるよ」


「……俺、またエビデンと親友になれるかな」


珍しく愛久澤君が弱気になっている。


「またっていうか今も親友でしょ」


「……でも」


私はため息をき、再び口を開く。


「おばあちゃんの家から帰ってきて、優もずっと愛久澤君の事考えてた。私が少し嫉妬するくらい。それが答えじゃない?」


回れ右をして愛久澤君に背を向ける。


「早く仲直りしてね。私、花火大会楽しみにしてるからさ」


「……分かった。すぐ行く」


それを聞いてから私は歩を進め出す。

数秒後後ろから「バカ親父!」という大きな声が聞こえた気がした。


※※


「って感じなんだけど」 


なんかちょいちょい恥ずかしい宣言してませんでした?


「相変わらず明日香のメンタルは最強だね」


「前にも言ったでしょ。死ぬことより怖いことなんて無いんだよ」


ふふんと誇らしげに明日香は言う。

君のこういうところに俺は何度も救われたんだよ。

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