第67話 予想外

「うん、もう大丈夫そうだね。お家に帰って良いよ」


「完・全・復・活!」


明日香は元気そうに両腕を上げ、ボディビルダーのようなポーズをとって見せる。

全然力こぶ出来てないけど……。


「先生、ありがとうございました」


「いやいや、頑張ったのは君だろう。私は特になにもしてないよ。これからも彼女を大切にね」


二人でもう一度お辞儀をして、診療所を後にする。

夕陽が落ち始め、辺りが赤く染まり出す。

時刻は16時。

本当は今日帰る予定だったが、既に最終電車は無くなっている。

自動的にもう1日、ばぁちゃんの家に泊まることなった。


「優、ここからおばあちゃんの家ってどれくらいかかるの?」


「歩くと大体20分くらいかな」


「……優、改めて本当にありがとうね」


明日香は申し訳なさそうにしている。

あー、トンネルからここまでそんなに離れてるとは思わなかった感じかな。


「別にそんなに気にしなくて良いよ。俺は明日香の誇れる彼氏だからさ」


その瞬間、暗くなってた明日香の顔が少し明るくなる。


「……そうだね。じゃあその誇れる彼氏さんに1つ質問」


「なに?」


「どうやって私のこと着替えさせたの? 私、パーカーだったはずなんだけどなぁ」


今、明日香が着ている服は寝間着のような楽なものになっている。

だって濡れてたし、風邪ひいてるのにこのままじゃ良くないと思ったし……。


「いや、それはさ……」


「それは?」


また意地悪そうな顔をしている。

俺のこといじめるの好きね、あなた。


「……俺がやったよ。でも、できる限り、目を瞑ってやったから! 本当に!」


「そっか……ありがと」


あれ?

優のえっち……みたいなことを言われると思ったんだけど。

ていうかちょっと期待してた。


「……別に見ても良いのに」


「え、なんか言った?」


「うん、優はえっちだなぁって」


しれっと言うパターンも良きかな良きかな。


「あー、お腹空いた! 優、早くお家行こ!」


明日香は俺の手を引いて走り出す。


「待って明日香、病み上がりなのに無理は駄目だって!」


「2日もお粥だったんだよ。ちゃんとしたごはん食べたいんだもん。優といえど今の私は止められないよ」


この状況で猪突猛進を体現するのはやめてくれ――。


「ごちそうさまでした。食べたぁ」


「いや、本当に食べたね……」


テーブルの上にあったお皿は綺麗に空っぽになっている。

寝込んでいた人が一気に食べれる量じゃ無いと思うんだけど……。


「おばあちゃんの料理、美味しいからね」


心なしかばぁちゃんも嬉しそうにしている。


「明日になったらしばらくおばあちゃんと会えないなんて残念だなぁ」


「いつでも来ればいいさ、たまに私がちゃんと生きてるか見に来ておくれ」


絶対長寿ぽいけどな、うちのばぁちゃん。

……まぁ、たまには見に来るか。

明日香もばぁちゃんのこと好きみたいだし。


「そういや、優、おめぇ明日は午前に帰るんだよな」


「ああ、うん。そうだよ。朝にじいちゃんの墓参って、午前の電車乗って、帰ったら母さんのお墓出来たって連絡来てたから、納骨に行く予定」


「恵美さんのお墓出来たんだ! 私も行っていい?」


「もちろん」


それを聞くとばぁちゃんはなにやら、なら大丈夫かねと呟いている。


「どうしたの?」


「明日、バカ息子が来るんだよ」


父さんが?

別に父さんがいたって…………まさか……。


「もしかして今のお嫁さんと一緒に?」


「ああ。それだけじゃなくてね。子供も来るんだよ」


それはちょっと……嫌だな。

前にも似たような事を言ったが俺は父さんの事を好きでも嫌いでもない。

父さんがいなければ、そもそも俺は産まれてないのだ。

ただ、父さんは母さんと俺を捨ててでも、そっちの家庭を築きたかった。

その結果、母さんは無理をして、病気になって亡くなった。

そんな原因となった人達が幸せそうにしていたら……そう考えると……。

俺は自然と拳を固める。

するとその拳を明日香が両手で優しく握り込む。


「優には私がいるよ」


今の俺には明日香がいる。

親友だっている。

ばぁちゃんだっている。

春先の頃に比べたらかなり幸せだ。

もしも、父さん達が幸せそうにしてたら俺達も幸せなんだって見せつけてやる。

そう考えることにした。


「午後に来るって言ってたし大丈夫だとは思うけどね」


じゃあ要らない心配だったかな。

寝坊さえしなければ、会うことはないだろう。


そうして俺達は次の日を迎えた――。


……寝坊はしなかった。

じいちゃんのお墓は参った。

なんとか無事に午前中の電車に乗れそうだ。

駅のホームで二人で電車を待つ。


「最後、おばあちゃんと何話してたの?」


「内緒」


「えー」


別に大したことじゃない。

ばぁちゃんに「あの子は良い子だよ。絶対に嫁にしな」って言われただけだ。

言われなくても分かってる。

俺もそのつもりだ。


明日香は言ったくれたっていいのに……ってブーブー言ってる。

まぁ既に指輪渡したときにプロポーズもどきみたいなことしてるから別に言ったって良いんだけどね。


「明日香が良い子だって言ってただけだよ」


「え、本当!?」


嬉しそうにしている明日香。

後半部分を伝えなかっただけで嘘は言ってないもんね。


「あ、電車来たよ……誰か乗ってるね」


……あれは父さんだ。

午後からじゃなかったのか?

………………!?

な、なんで……。


「ね、ねぇ、優。あれって」


ここにいるはずがない、だってそもそも名字が有村じゃない。

父さんと女の人とその子供の3人が電車から降りてくる。


「午後に行くって言ってたのに本当に良いのかしら」


俺は、俺達は父さんと女の人の隣にいる人物を知っている、いや、よく知っている。


「大丈夫だよ。お袋はそんなことで怒ったりしないからさ。それに……」


本当に俺と……異母兄弟なのか?


「せっかく孫が会いに来てるんだからさ……なぁ"恋"」

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