第66話 共犯だよ
※※
目を覚ますと私はベッドの上にいた。
なんでベッド?
しかも、知らない場所。
ちょっと学校の保健室に似ている……かも。
体が少しだるい。
熱があるのかな。
確認しようと額に手を持っていこうとすると、左手に感触があることに気づく。
優の手だ。
肝心の本人はベッドに突っ伏してる。
そうだ。
私、川で遊んだ後、トンネルで綺麗な景色を見て……その後の記憶が無い。
けど優が助けてくれたんだろう。
こうして今も隣にいてくれることが何よりの証拠だ。
不安そうな顔で私の手を握りながら寝ている。
……ごめんね。
また、いっぱい心配かけちゃったね。
「おや、起きたかい」
声のする方向を見ると白衣を着たおじいさんがベッドの前にいた。
ということはここは病院なんだろうか。
「体調はどうだい」
「少しだるくて、熱っぽいです」
「そうかそうか、まぁもう少し安静してればすぐ治るよ……おや、彼もついに寝ちゃったか、さっきまで起きてたんだけどね」
さっきまで?
近くの窓を見てみると低い位置に太陽があるのが見える。
今、朝だよね。
一晩中見ててくれたんだ。
嬉しいな。
「いや~それにしても、昨日はびっくりしたよ。夜になってからいきなりお姫様抱っこで君たちが入ってくるんだもの。若いっていいねぇ」
お、お姫様抱っこ!?
女の子憧れのシチュエーションだったのに、なんで起きてなかったの……私のバカ……じゃなくて、優は山から私をお姫様抱っこでここまで運んできたってこと?
「彼ね。君を運んできた後も着替えを取りに行ったり、君の親御さんに電話してどういう薬が大丈夫で、どういう薬がダメなのかとか聞いたりしてくれたんだよ」
優……。
「家に帰って寝たらどうかって言ったんだけどね。彼女に付いていたいのでって断られてね。いや、本当良い男だよ。私の若い頃そっくりだ」
ハッハッハと笑いながらおじいさん先生は他の部屋に行ってしまった。
私、優に迷惑かけっぱなしだ。
「あす、か……ごめん」
寝言で謝ってる。
謝るのは私の方なのに。
多分、優は私が熱を出したことで責任をかなり感じてる。
優の性格上、お父さんにもきっと何度も謝ったのだろう。
本当にごめんね、優。
「……大好きだよ」
※※
ここはどこだろう。
暗い。
とても暗い空間だ。
何も見えない。
自分の足元さえ分からない。
不安や恐怖、そして無力感が押し寄せてきて、動けなくなった。
ずっとこのままなのだろうか、そんな考えが頭をよぎる。
すると奥の方から強烈な光が近づいてきて、辺りを照らす。
先程まで押し寄せてきていたものが徐々に消えていき、動けるようになった。
ただ、照らしてくれた強烈な光の正体は分からない。
眩しすぎて見えないのだ。
その光はさらに照らし続け、新たな光が一つまた一つと出てくる。
光の数が増加することと反比例するように最初の強烈な光は眩しくなくなっていった。
複数の光に照らされ続けた俺自体もいつの間にか光るようになっていて、その光を照らすようになったからだ。
もうすぐ目が眩まなくなり、ちゃんと光を見れる。
光の正体が分かるかもしれない……その時だった。
強烈な光を放っていたものは突如現れた暗闇に消えていく。
行かないで……懸命に手を伸ばすがわずかに届かず空を切る。
光は暗闇の中に完全に消えていった――。
気づくと俺は目を覚ましていた。
なんだ夢か……。
心臓がバクバクしており、汗もすごい。
2度と見たくない夢だと感じた。
あの光の正体は多分……。
「おはよ、よく寝れ……てはなさそうだね」
「おはよう……って明日香! 起きてて大丈夫なの」
「流石にそこまで病弱じゃないよ」
あははと笑って見せる明日香。
どうやら熱は下がったらしい。
良かった……。
「本当に……ごめん。俺のせいで明日香を危ない目に合わせて」
今回の件、悪いのは完全に俺だ。
夏とはいえ山にあるトンネルはそれなりに冷涼だ。
そこに川で遊んだ後に連れて行ってしまった。
明日香は水着とパーカーしか身に付けおらず、しかも濡れた状態。
健康体の人だったとしても風邪をひいてもおかしくない。
原因を作ったのが俺だということは明白だった。
この事は仁さんにもちゃんと伝えた。
そして何度も謝った。
仁さんは話を聞いて、大丈夫と言ってくれたが、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だって、仁さんは俺の事を信頼して大切な明日香のことを託したのに俺はそれを自分勝手な理由で裏切ったのだから……。
「優……今回のは優が悪い!」
「……うん」
実際そうだもの。
でも、明日香に面と向かって言われると
「でも私も悪い! ごめんなさい」
「ふぇ?」
予想外の発言に俺は気の抜けた返事をしてしまう。
「だって元はと言えば私が川に誘導するような事を言わなきゃ濡れなかったでしょ」
「それはそうだけど……」
「私は優に水着を見せたかった。優は私に景色を見せたかった。相談もせずにお互いにサプライズで喜ばせようとしてた。だから犯人は私達。共犯だね」
そんな考え方は思いもしなかった。
目から鱗の解釈だ。
でも、少し胸がすいた気がする。
「それと、ありがとうね、優。また私を助けてくれて」
「……俺も明日香に助けられてるからお
「ふふっ、そっか」
嬉しそうに微笑む明日香。
明日香のそういう顔を見ているとこっちも自然と嬉しくなってくる。
「とりあえず明日香はもうちょっと寝てな、まだ治りきってないんだから」
「うん、ありがと」
素直に明日香は従い、ベッドの中に入ろうとしたが途中で何かを思い出したかのように「あ」と呟く。
「そういえば、おじいさん先生が言ってたけど私を運ぶときお姫様抱っこしてくれたんだって?」
「うん」
「私、重くなかった?」
「筋トレしてるから大丈夫」
「はい0点。道徳の授業やるからね。だからもう少し……ここに残るように」
要するにもうちょっと一緒に居てくれる?ってことね。
……ずるい言い方だなぁ。
そんなこと言わなくてもいくらでも一緒に居るのに。
明日香の体調が完全に回復するまで道徳の授業は続くのだった――。
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