第65話 茜色と真っ赤

「いやー遊んだねぇ……ふふっ……優、びしょびしょだよ」


「夏で良かったよ……」


ご満悦の明日香の隣で俺は服を絞る。

水着を持ってくるべきだったなぁ……。

幸いこの天気なのですぐに乾くだろうけどさ。


「この後どうする、少し早いけど家に戻る?」


「うーん、いや、ちょっと行きたいところあるんだよね」


「行きたいところって?」


「ひ・み・つ。でも、楽しみにしてて」


「それ私の台詞……使用料貰うからね」


この台詞、著作権存在すんのかい。

どこに申請したのよ……。

そんなことを考えている間に少しずつ日が落ちて来ていた。

そろそろ行かないと……。


「明日香、ちょっとだけ山道歩くけど大丈夫?」


「うん、体調万全、どーんと来い!」


なんとも頼もしい彼女だ――。


山道を歩き始めて約5分。

目的地の近くまで来た。


「もうすぐ着くよ」


「早いねー。なんか思ったよりも山道って感じじゃなかったし、これなら全然大丈夫だよ」


「まぁ山道って言っても、ちゃんと舗装されてるから、坂が少しきつめの道って感じだよね」


「優、本当にこの辺に何かあるの? パッと見建物とか何もないんだけど……」


「ふふふ……大丈夫だよ……付いておいで」


自分で言ってなんだけど、すごく犯罪臭がするね!

誘拐犯か変質者って感じ。


「着いたよ」


「ここって……トンネル?」


「そう、トンネルだよ。正確にはトンネルの役割を果たしてないトンネルだけど」


明日香が首をかしげて、頭の上にはてなを浮かべている。


「ここら辺、土砂崩れとか雪崩とか起きやすくてさ。本当は景色を楽しむための遊歩道作ろうとしたらしいんだけど事故が起きるから中止になったんだ」


「え、もしかして……幽霊が出るとか?」


「怖い?」


「会ってみたい」


明日香は目を輝かせて、トンネルを見る。

好奇心旺盛だなぁ……。


「まぁ、出るかも知れないけどそうじゃなくてね。安全に景色を楽しむために遊歩道の変わりにこのトンネルが作られたの。トンネルって崩れないように作られてるし、山の中にあるから雪崩とか土砂崩れ関係ないでしょ」


「って言うことはこのトンネルの奥って道がないの?」


「そうだよ。だからトンネルの役割を果たしてないトンネルってこと……おっとそろそろ時間だ。早く入ろ」


「え、時間って」


「いいからいいから」


俺は明日香の手を引いて、トンネルに入る。

トンネルの中は薄暗く、かろうじて見えるレベル。

夜に来たことないけどおっかないんだろうなぁ……。

絶対何も見えないだろうし……。

そもそも夜に山に入るもんじゃないから絶対やらないけど。


「あ、光が見えてきたよ」


明日香が奥の方を指を差す。

奥の方に茜色の光が見える。

ちょうど良いタイミングぽいな……。


「明日香ちょっと目を瞑って、俺が案内するから」


言われるがまま明日香は目を瞑り、俺が明日香の両手を引っ張って、トンネルの最奥地へと案内する。


「いいよ、目を開けて」


目を開けた瞬間、明日香の表情が一気に明るくなる。


「これすっごいね! 綺麗だし、反射してるし、夕陽だし、とにかくすごい!」


語彙力無くすくらいすごいよね。

俺も初めて見たとき感動したなぁ……。

トンネルの最奥地は水鏡になっており、トンネルより先の景色が水面に反射している。

特に夕陽が落ちるこの時間は両サイドの山と山の間から茜色の光が差し、それがさらに反射することにより幻想的な風景が広がる。


「前の方に行ってみる?」


「行けるの?」


「行けるよ」


水鏡の前は歩けるスペースがあり、フォトスポットとして人気だ。

今は時期が時期だから人がいないが連休になると大勢の人達がここで写真を撮ったりしている。


「すごいねぇ、本当に山の真ん中にいるみたい」


山の真ん中にいるからね。

すると明日香は思い出したかのようにスマホ取り出し、何か調べ出した。

しばらくしてにやにやし始め、スマホをこちらに向ける


「優はこういうことがしたかったのかな?」


スマホに映っていたのは色々なカップルがこの場所で抱き合ったり、キスしたりしている画像の数々。

なんかそういえば最近SNSで特にカップルに人気になってるとか聞いたような……。

別にそういうつもりじゃなかったんだけど……。


「そうだよ」


俺は明日香にキスをする。


「え、ゆ、ゆう?」


さすがの明日香も虚をつかれたらしい、小悪魔顔だったのがパニックになってる。

かわいい。


「嘘だよ……1番大切な人と一緒に俺が1番好きな景色を見たかったんだ」


「ゆう……」


「ここはね、父さんが母さんにプロポーズした場所でもあるんだ。だから俺も明日香にって……明日香、顔真っ赤すぎない?」


その瞬間、明日香が抱きついてくる。


「あ、明日香?」


この行動は予想外、今度は俺が虚をつかれた。


「……ゆ、う」


ちょっと様子おかしくない?

息づかい荒いし、声もやっと出してる感じだし。


「明日香、ちょっと触るね……っ!?」


額に触れて状況を理解した。

すごい熱だ。

さっきまであんなに元気だったのに……って、そんなこと考えている場合じゃない、早く戻らないと。

暗くなるとこの辺りは街灯がないため何も見えなくなるし、明日香の体のこともある。

とにかく急ごう。


「ごめんね、明日香。もうちょっと頑張って」


恐らく、俺に寄りかかるので精一杯だろう。

おんぶは無理となると……。

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