第63話 まだ早い
「油断した……」
早朝、徐々に明るくなってきた部屋でぼそりと呟く。
俺は今、身動きが取れない状態になっていた。
何故そんな状態になっているのか、状況を説明すると、まず1つ目に隣にいたはずの明日香がいない。
そして2つ目、仰向けになっている俺の上に何かがしがみついている。
最後に、その何かは少し動くと時たま、ふわりと良い香りをさせる。
結論……明日香ってめちゃくちゃ寝相悪いんだった。
初めて高憧家に訪れた時、寝相で死にかけたのを思い出す。
てか、どうやって俺の上に乗ったんだ……。
寝相悪いとかそういうレベルじゃないだろ、これ……。
「……優」
不意に名前を呼ばれてドキッとする。
起きてる?
しかし、布団の中を覗き込むように見ても明日香はすっーと静かに寝息をたてている。
夢でも見てるんだろうか。
夢の中でも俺がいるっていうのはちょっと嬉しい。
ただそろそろばぁちゃんが起こしに来そうなので、明日香を起こさなくては……。
本音を言えばもう少し見ていたいけど。
「……好き」
密着×寝顔×不意打ち=破壊力ぅ!!
瞬時に頭で謎の方程式が組み立てられる。
多分この方程式明日香の言う道徳の教科書に載ってるだろう。
……じゃなくて。
「明日香、本当は起きてるでしょ」
一瞬、目元がピクッと動くが起きようとはしない。
あくまでも寝た振りをすると……ふーん、そういうつもりなんだ。
いつまでもやられっぱなしだと思うなよ!
俺は明日香の頭に手を伸ばし、撫で始める。
すると俺の胴体をホールドしている力が少し強くなる。
もうひと押しかな。
ホールドされてるので動きづらいが頑張って首を少し持ち上げ、出来るだけ明日香の耳元に口を近づける。
「……俺も大好きだよ、明日香」
「ひゃうっ……」
明日香の体がビクッとなり強張る。
やっぱ起きてるじゃないか。
「おはよう、明日香。今起きたんだよね?」
「ずるいなぁ、優は……」
明日香は布団の中からいじけながらこちらを見る。
ずるいって言われても、いっつも明日香にそのずるいことやられてるんだけど。
たまには仕返しさせてよ。
「でもドキドキしてるみたいだから許す」
俺の胸の辺りに耳をあて、にひひとする明日香。
……やっぱずるいじゃないか。
行動一つ一つが俺を狂わせに来てる。
小悪魔め。
すると思い出したように明日香は起き上がる。
「ごめんね! 私重かったよね。すぐ降りるね」
「全然重くないよ。最近鍛えてるし大丈夫」
「そ、そう? じゃあ、お言葉に甘えてもう少しだけ……いいかな」
俺がどうぞと言うと再び明日香は胸に飛び込む。
「私、優の匂い大好き」
そんなことをまじまじと言われると照れるって。
「優は何かしないの? さっきみたいにさ」
明日香は上目遣いで要求してくる。
あざとずるい……。
さっきみたいって撫でろってこと?
とりあえず俺は左手で抱き寄せて右手で明日香の頭を撫でる。
「えへへ」
子どもっぽく笑い、ご満悦の明日香。
どうやらこれで正解のようだ。
なんて幸せな空間なんだろう。
この時間がずっと続けば良いのに……。
そう思った瞬間、ガラガラと音を立て引き戸が開く。
フラグ立てた俺が完全に悪いね。
「朝だぞ、布団畳んで……朝飯……」
ばぁちゃんの目には俺の胸にしがみつく明日香とその明日香を抱き寄せて頭を撫でてる俺が映っていることだろう。
さっきまでばぁちゃん来るから明日香を起こそうって考えてたのに……幸せ過ぎて完全に忘れてた。
しばし、俺とばぁちゃんの目が合う時間が続く。
気まずすぎる……。
「ひ孫はいつ見れる」
「気が早い!」
俺達まだ高1だぞ!
何言ってんだ、このババア!
「出来るだけ早くお見せ出来るように頑張ります!」
明日香も何言ってんの!?
グッじゃないのよグッじゃ!
サムズアップやめなさい。
「そうかい、よろしく頼むよ……ご飯出来たからおいで」
「はーい」
ばぁちゃんの後を追うように明日香も立ち上がり、部屋から出ていく。
なんなのこの二人……。
そういう行為はまだ早い。
…………早いよね。
"そういう行為をするも良し"
未侑さんの言葉がちらつく。
そういえば最後ばぁちゃん笑ってたな……。
あれは明日香にだけでなく、俺ににも向けた笑顔だった。
「ゆーうー! ご飯食べよー」
まぁ頭の片隅にだけ置いておこう。
今日はせっかくの明日香との罰ゲームなんだから。
「今行くー!」
こうして慌ただしく1日が始まった。
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