第59話 無愛想の理由

※※

優の後ろ姿を見送り、おばあちゃんと二人きりになる。

少し気まずいけど、まずは挨拶しないと。


「あの私、高憧明日香って言います。ゆ、有村君の彼女をさせてもらってます。この度はお招きいただきありがとうございます」


するとおばあさんは再びどこかへ行ってしまった。

……挨拶変だったかな。

もしかして、挨拶のタイミングが遅いとか?

お邪魔しますの時に言うべきだったかも……。

ううん、今さらやっちゃったことを考えたって仕方ない。

ちゃんと優の彼女にふさわしい子だって認めてもらうために頑張らなきゃ!

両手でパシッと頬を叩き、気合いを入れる。

それと同時におばあちゃんが戻ってきた。

両手に何かを持っている。


「これ被れ」


そう言って私に麦わら帽子を被せてくれた。

優しい……。

キュンとしちゃった。


「後はこの軍手はめて、ザル持って付いてきな」


「は、はい!」


急いで軍手をはめて、おばあちゃんに付いていく――。


「ここが畑だ」


おばあちゃんに連れられて着いたその場所は正に畑。

家庭菜園とか可愛いものじゃなく、ガチ畑。


「これ1人でされてるんですか? すごいですね!」


するとおばあちゃんは少し間を置いてから、


「暇だからな」


と呟く。

あれ、今一瞬口元が緩んだような……。


「ほれ、ザル近づけれ」


言われるがまま、私はおばあちゃんの方にザルを近づけると収穫した野菜を次々と載せられていく。

トマトになす、そしてきゅうり、夏野菜の代表格ともいえる野菜達だ。

野菜は採れたてということもあり、どれも艶々していて美味しそうだ。


「ぐぅぅ……」


美味しそうだと思ったのがいけなかったのだろう。

まるで大地の底から来る地響きのような力強いお腹の音が響き渡った。

ザルを持ってるからお腹をおさえることが出来ず、ただおばあちゃんと顔を見合わせる。

は、恥ずかしい……やっぱり駅弁だけじゃ足りなかったかな……。


するとおばあちゃんは堪えきれなくなったように笑い出す。


「お腹空いたのかい、じゃあちょっと休憩しようかね」


――縁側えんがわに腰掛け、ふぅと一息つく。

おばあちゃんは私にここで待ってなと言い、採れたての野菜を持って台所へ向かった。


それにしても……日差し避けに麦わら帽子、手が荒れないように軍手、お手伝いと言ってもザルを持ってるだけの楽な作業。

優が私の身体の事をおばあちゃんに言ってくれたから配慮してくれているのかな?

だとしたら……優しい人だなぁ。

正直、思っていたよりも全然良い人だ。

優から聞いてた話だと、頑固で無愛想な感じだったけど、そういった感じはしない。

すると廊下の床が音を鳴らし始め、おばあちゃんが戻ってきた。


「ほれ、できたよ、これ食べなせ」


そう言って渡してきたのは皮の剥かれたきゅうりとみそが盛られたお皿。


「ありがとうございます!」


お皿を受け取り、いただきますと言ってきゅうりに味噌を付けて口に運ぶ。

一口噛む毎にカリュッカリュッと快音がし、きゅうりから水分が溢れてくる。

新鮮なだけあって、とっても瑞々みずみずしい。

そこに甘めの味噌が相まって、きゅうりの美味しさをランクアップしてくれている。

採れたての野菜はこんなに美味しいんだ!


「美味しいかい?」


「はい! とっても美味しいです!」


隣で様子を見ていたおばあちゃんは嬉しそうにそうかそうかと言って頷く。

優、おばあちゃん、全然無愛想じゃないよ。

初対面の私にこんな素敵な笑顔を見せてくれる人が無愛想な訳がない。

優にだけ無愛想?

なんでだろう……。


「あの子は最近どうだい?」


「あの子って有村君ですか?」


おばあちゃんはそうだと頷く。


「最近はとっても元気です。春頃は……かなり酷かったですけど」


「そうかそうか。じゃあ、あんたのおかげだね。ありがとう」


「え?」


「あんたが優の事、励ましてくれたんだろ。今日会って、話して、すぐ分かったよ。とっても良い子で優の母親の恵美に似とる」


私が……恵美さんに?


「私、恵美さんに似てますか?」


「ああ似とるよ。真っ直ぐな性格で、素直で、気が利く、そして何より笑顔の良い子だった。本当、あのバカ息子には勿体無い子だったのにね……」


バカ息子……つまり優のお父さんだよね。

優が小さい時に浮気して離婚したっていう。


「あの、おばあちゃんは恵美さんとありむ……優の事好きなんですか?」


「ああ、そりゃあ勿論。優は私の孫だし、恵美は娘のように思ってたからね」


だから離婚しても恵美さんと優を家に呼んでいたんだ……。

でもそうなると益々優の前で無愛想にしているのが謎になってくる。


「あの失礼かもしれないですけど、なんで優の前で無愛想にしてるんですか?」


それを聞いたおばあちゃんは驚いた顔をした後、間を置いてからハッハッハッと笑い出す。


「あんた本当に恵美に似てるね。気持ちが良いくらい遠慮が無くて」


「……すみません。でも気になったので」


「そうだね……。私のバカ息子のせいで恵美が離婚してるのは知ってるかい?」


「はい」


「息子のせいで恵美と優を苦しめてしまったのに、その息子の母親である私がどの面下げて会えば良いんだろうね…………それが答えだよ」


つまり、息子さんのせいで離婚の原因ができて、優や恵美さんに辛い思いをさせたのに、その母親が笑顔で会うのはおかしいんじゃないかってことなのかな。

まぁ、恵美さんからしたら元姑だし、家に呼ばれてへらへらされるのは良い心地がしないと思う。

だからおばあちゃんも心のどこかで思っているんだろう……にこにこして会う訳にはいかないって。

……でも、それはおかしい。


「優にも笑顔を見せてあげてください」


だってさっきおばあちゃん、言っていた。


「確かに息子さんのせいで困らせたかもしれません」


私の孫だって。


「でも優がおばぁちゃんの孫であることは変わらないです」


その瞬間、おばあちゃんの目から光るものが一筋溢こぼれる。


「優は私の事、まだ家族だと思ってるんかね」


「……電車の中で言ってましたよ。父さんも父さんであることは変わらないけど他の家庭があるから家族じゃない、でもばぁちゃんは俺の数少ない家族だって」


それを聞いておばあちゃんの目元から決壊したように涙があふれ出す。


「おばあちゃんに会いに来てるのに無愛想にされたり、泣かれてる方が孫からしてみたら辛いですよ。もっと笑顔でいきましょう!」


私はおばあちゃんの正面に立って笑顔を見せる。


「あんたが優と一緒に居てくれて本当に良かったよ」


「私も優と一緒に居れて幸せです」


おばあちゃんと顔を見合わせ、笑う。

遮るものの何もないこの土地に二人の笑い声が響き渡っていた。

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