第58話 秒で

「優、見てー! 田んぼ!」


そうだね。

田んぼだね。

田んぼと山しか無いね。

俺と明日香は新幹線から電車に乗り換えて乗り換えて……祖母の家に向かっていた。

お盆前ということに加えて、ド田舎のため電車は2時間に1本。

乗客は俺と明日香以外誰も乗っておらず、電車は貸し切り状態だった。

周りの景色は田んぼと田んぼと大きな田んぼと山。

圧倒的なまでの緑の暴力。

ここ本当になんもないんだよなぁ……。

それなのに明日香はわくわくした表情で窓にかじりつくように外を見ている。


「ここら辺何も無いけど、見てて楽しい?」


自然と明日香に聞いていた。

すると明日香は笑みを浮かべる。


「楽しいよ。私、こんなに大自然って感じのところ来たこと無いしさ……それに」


「それに?」


「優と初めての旅行だもん。楽しくないはずが無いよ」


屈託の無い笑顔でそんなセリフ言うのはずるい――。


目的地の最寄り駅に到着し、電車を降りてグイと背伸びをする。

長時間乗り物に乗っていたせいか、身体中のあらゆる所からポキポキと音がして気持ちいい。


「うーん! 空気が美味しい! 優もやってみて、深呼吸」


言われるがままやってみると、確かに美味しい……気がする。

自然多いし、排気ガスとかあんまり無さそうだもんね。

ここの空気は違うぜ、窒素もだけど、酸素が特に新鮮。

きっと取れ立てを使っているに違いない。

そう自分に言い聞かせる。


「ここからどのくらいでおばあちゃんの家に着くの?」


「10分くらいだった気がする」


不定期で来てるから記憶が曖昧だ。

前回来たのは2年前くらいだったかな。

その時に初めて1人で祖母の家を訪れたんだっけな……。

それまでは母さんと二人で行っていた。

でも離婚した父の祖母の家に行くっていうのは普通なんだろうか。

絶対普通じゃないと思うのだが……。

一回疑問に思って祖母に聞いたら、お前が私の孫であることには変わり無いと言われてしまい、隣にいた母さんは愛想笑いしていた。


とにかく変わったばぁさんであるのは確かだ。

そんな人物を明日香を会わせるのは少し不安なのだが、何故だろう……隣で上機嫌に歩く明日香の横顔を見ていると、些細な不安も吹き飛んでしまう。

そんなことを考えていると祖母の家が見えてきた。


引き戸タイプの玄関をガラガラと開け、ただいまと叫ぶ。

明日香もお邪魔しますと言うと奥の方から不機嫌そうにムスッとしたばぁさんが出てきた。


「上がんな」


極道かなんかかな?

相変わらず無愛想だ。

時間かけてここまで来たんだからねぎらいの言葉の一つや二つ言ってくれても良いと思うんだけど。

言われるがままに靴を脱いで、ばぁさんの後をついていくように廊下を歩く。

一歩踏みしめる毎に廊下はギシギシと音を立てるのだが、たまにギギギと音が変わり、急に穴でも開くんじゃないかと思わせる。

まあまあ広く、解放感のある家は隅々まで綺麗に掃除されており、とても年齢のいったばぁさん1人だけが住んでいるとは思わせない清潔さがあった。


「この部屋を使いな」


ぶっきらぼうにばぁさんはそう告げると、どこかに行ってしまった。

とりあえず部屋に荷物を置き、畳の部屋に腰を下ろす。


「ごめんね、無愛想なばぁさんで。怖くない?」


「ううん、全然平気。病気の方がよっぽど怖いよ」


明日香はそう言って笑って見せる。

病気の方がよっぽど怖い……ね。

電車の中でも言っていたが明日香はこういった自然に囲まれた所に旅行するのは初めて……というよりも旅行自体が初めてらしい。

祖母から切符が届いた後、祖母の家に招待されたことを仁さんに告げた時にその事を知った。

明日香自身、小さい時から病気だったし、母親である未侑さんも病院に入院していたことを考えたら、旅行なんて確かにする機会が無さそうではある。


でもそんな初旅行がこんな所で良かったのだろうか。

自然しかない土地の無愛想なばぁさんの家よりも温泉とか海外とかの方がよっぽど楽しそうだけども……。


"優と初めての旅行だもん、楽しくないはずがないよ"


そう言われたしな。

最大限楽しんでもらえるように頑張ろうかな。

そう決めた瞬間、引き戸が開いて、バケツと竹竿を持ったばぁさんが現れる。


「優、おめぇ魚釣ってこい。ボウズなら飯抜きだ」


ボウズ、つまり何も釣れなかったら飯抜き……。

帰ってきて早々それは酷くない!?

一応孫だからね!?


「……え、いやいやちょっと待ってくれよばぁちゃん……それはあんまりだって」


「あんたは私と一緒に畑手伝え」


「は、はい」


流石の明日香も少し動揺している。

そりゃそうなるよ。

ていうか明日香に無理はさせられない。


「いや、待ってばぁちゃん。明日香は心臓に疾患あって、あんまり体動かせないの。俺が手伝うから」


「大丈夫だよ、優。私もやってみたいし」


「ほれ、彼女がそう言ってんだ。おめぇはさっさと魚釣ってこい! それから畑手伝え」


よぉし、頭にきた。

意地でも魚釣って、畑仕事手伝ってやる。

秒で釣ってくるからな! 

秒で!

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