第55話 最も暑い一日⑥

俺、病院でそんなこと明日香に話したっけ?

ていうか小学生の時にどこの高校入るとか決めてなかったんだけど……。


「正確にはどこの高校に行くのか分かってた、かな」


……どっちにしろ不思議だよ!

病院から近いってことくらいしかヒント無いのに、なんで分かるのさ……。

ここら辺、割と高校あるのに……。


「なんで俺がそこに行くって分かったの?」


「それはねぇ……愛の力だよ」


明日香は意地悪そうにほほえみながらそう言う。

愛の力すごすぎだろ。

え、エスパーみたいな方々、もしかしてみんな愛の力なの?

ノストラ○ムスとかユリ○ラーとかめっちゃ愛が重いんだろうか……。


「恵美さんのだけどね」


「母さんの?」


明日香はそうだよと言って頷く。


「私が優の事好きだから、病気治ったら同じ学校行きたいなって恵美さんに言ったの。そしたら、恵美さんが、優ちゃんは中学はここから一番近いところだし、高校は蒲原学園だと思うよって」


……ドンピシャすぎる。

愛の力恐るべし。


「ちなみに母さん、なんでそこを選ぶと思ったか理由みたいなの言ってた?」


「私も気になって聞いたんだよ。なんで、そこだと思うんですかって。そしたら優ちゃんは優しいからって」


Q なんでそこの学校だと思うんですか

A 優ちゃんは優しいから


……訳わかんねぇなこれ。

母さん、天国で国語の勉強しといてください。

あと、俺のいないところでも優ちゃん言うの勘弁して……。


「正直、当時の私には意味がよく分からなかったけどね。恵美さんが冗談を言ってる感じもしなかったからさ」


「信じたの?」


うんと頷く明日香。

……普通、他人が言った一言をここまで信じられるだろうか。

百歩譲って、自分の人生に影響が及ばないような事柄なら分かる。

でも学校を選択するって人生においてかなり重要な事じゃないだろうか。

特にまともに学校に通えていなかった明日香にとっては他の人よりも学校選びの重要度は高い気がする。

しかも、自分の心臓に疾患があるのにわざわざ自分の家から離れた学校となれば、仁さんからは間違いなく反対されたはずだ。

初めて高憧家に行った時、高校が遠いのが心配って言っていたのがよく分かる。

それなのに母さんが言った優ちゃんは優しいからっていう一言で?


「……よく、母さんの一言を信じて頑張れたね。俺が本当にその学校に通うか通わないかなんて分からないのにさ」


「だって優が優しいのは確かだもん。それは当時の私でも分かってたからね」


明日香はけろっとした顔で答える。

この子、本当に恥ずかしいことをさらっと言うよね。


「それに今なら恵美さんの言ってた意味、分かる気がする」


「と言いますと?」


「優は優しいから、優自身が行きたい高校じゃなくて、恵美さんの様子をすぐ見れるように病院から近くて、家計にあまり迷惑がかからないように奨学金制度がちゃんとしている蒲原学園を選ぶって言いたかったんじゃないかな。当時の私には分からないから簡単に言ってくれたんだと思う」


……俺の思ってたことそのまんま。

母さんに見透かされていたのかな。

……でも、ばれていた感じはうっすらだが感じていた。


「やりたいことはないの」

「自分の好きなようにしなさい」

「私の事は考えなくていいからね」


高校を選ぶ時に母が言っていた言葉を思い出す。

この時点で母は俺が蒲原学園しか考えてないことが分かりきっていたのだろう。

母の愛は偉大である。


「そっか……でも、俺が優しいだけでさ……」


「あ、家ついたよ!」


ここまで言ったところで明日香に遮られる。

いつの間にか家に着いていたようだ。

やれやれとポケットから鍵を出して鍵穴に入れ、回す。


「私、再会したときから何回も言ってるでしょ」


鍵を回すの同じタイミングで明日香は話し出す。


「優の事信じてるって」


ガチャりと解錠される音がして、明日香が玄関のドアを開き、入っていった。


母さんの愛、それは分かった。

俺と明日香を結びつけてくれたのも母さんの愛の力だと言うのであれば、そうかもしれない。

だが、明日香からも十分すぎる愛を貰っている。

明日香が母さんの事、俺の事を信じて、信じきって、闘病も、未侑さんの死も、勉強も乗り越えて頑張ったのであれば、それは明日香の愛の力でもあるんじゃないだろうか。


貰いっぱなしは……良くないよな。

今日は明日香の誕生日なんだ。

誕生日プレゼントを渡すのに恥ずかしがっている場合ではない。


「明日香」


俺も玄関に入り、明日香に声をかける。


「なぁに」


靴を脱ごうとしていた明日香が振り向いて返答する。

緊張することなんてない。

彼女にアクセサリーを……小さな金属の輪っかをプレゼントするだけなんだから。


「誕生日おめでとう。これ貰ってくれますか」


ひざまずいて、小さな小箱を手の上に出して開き、明日香を見上げる。

玄関の照明が眩しく、逆光で明日香の顔がよく見えない。


「これは?」


「ペアのリング、流石に本物っていうか、本番とかそういうのじゃないけど、俺なりの意思表示っていうか……」


体育祭で結婚したいって言ったしね。

高校生で指輪をプレゼントって、どうかと思ったけど、西堀さんも良いと思うって言ってくれたし……あれ、今思えば西堀さん、にやにやしてたな。

ハメられたか!?


めて」


考えてることと明日香の言葉がシンクロしてドキッとしたが嵌めてって指輪の事よね?

小箱からシルバー基調で赤っぽい指輪を1つだけ取り出し、左手の薬指に嵌める。


「優も左手出して」


言われるがまま左手を出すと、明日香はもう1つの指輪を俺の左手薬指に嵌める。

俺は片目を閉じてその左手を照明の光にかざすように見る。

なんで人ってこうやって指輪とか見ちゃうんだろうね。

本能かな?

シルバー基調で青色の指輪が照明の光に反射して輝いて見える。

すると指の間から明日香の顔がだんだん見えてきた。

泣いている、でも、喜んでもいるような……そんな顔。

俺は立ち上がって、明日香を抱き締める。


「優はずるいよ、誕生日知らない振りしてこんなの用意してるなんてさ」

「嫌だった?」

「嫌な訳ない……嬉しい」

「そっか。でも玄関で渡すのは違ったかもね」


そう言うと明日香は笑う。


「そうだね。そこだけは減点かもね。"本番"ではお願いね」


本番のハードル上がるなぁ……今からちゃんと考えておこうかな……。


「でも……」


そこまで言いかけると明日香は俺の唇にそっとキスをし、離れる。


「明日香試験中間考査は合格だよ」


いつからそんな試験してたのさ……。


「期末考査に向けて頑張りたまえ……ほっほっほっ」


なんかうちの彼女が変なキャラになってるが照れ隠しなんだろう。

顔真っ赤。

かわいい。

すると突然、トゥルルルルルルと家の電話が鳴り響く。


「あ、電話鳴ってる、私出るね」


そう言うと明日香は靴を脱いで電話の元へ向かった。

…………ん?

家に電話の着信なんて母さんが亡くなった春から無いぞ?

明日香はキスした照れ隠しでテンパって出るとか言ったけどいきなり明日香が出るのは……っていうか一体誰が電話なんて…………あっ!

いかん明日香!

それに出てはっ!


俺も急いで靴を脱ぎ、明日香を追いかけるように電話の元へ向かったが……


「もしもし、有村です~」


完全に手遅れだった……けど、なんか良い……。

奥さん感すごい。


「え、はい、そうですね。はい、彼女やらせて貰ってます。……はい……っはい、分かりました、代わります」


明日香は受話器耳から離してをこちらに差し出す。


「えっとね……優のおばあちゃんからだって、優に変わって欲しいって」


……やっぱり。

俺が小さい時に離婚した父方の祖母だ。

仕方無く受話器を受け取り、もしもしと喋る。


「あれから音沙汰無しとは酷い孫だね」


開口一番かいこういちばん言うことがそれか……。


「でも彼女と一緒にいたなら、ばばあの事なんか忘れても仕方無いねぇ。一回顔見せに来な、彼女と一緒に、新幹線の切符送っておくからね。それじゃ」


「あ、ちょっ……まっ」


言いたいことだけ言って切るんだよなこのばあさん。


「おばあちゃんなんだって」


「ごめん明日香、今度は明日香が試験受ける番みたい」

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