第54話 最も暑い一日⑤

動画を見終わり、俺はしばらく全身から力が抜けたような状態になっていた。

嬉しいことも悲しいこともあったし、安堵したり不安になることもあった。

まるで感情のジェットコースターに乗っているようなそんな気分。

極度の緊張感から解放され、今、押し寄せているのは圧倒的虚無感。

未侑さんも母さんもこの世にはいない。

その事を再認識してしまった。


なんか春頃の感覚を思い出してしまう

明日香と再会する前の……あの感覚を……。

何をするにもやる気が起こらず、目標もあても無く、無価値な自分に絶望し、死のうともしないが生きようともしていない、ただただ無駄に時間が過ぎるのを待っていたあの時の事を……。


でも今はあの時と違う。

目標をくれる人がいる。

無価値じゃないと言ってくれる人がいる。

死にたくない、生きていたい理由が出来たきっかけを作った人がいる。

……大好きな人が隣にいてくれる。


明日香の方をちらりと見て、それから天を仰ぐ。

母さん……俺、頑張るよ。

明日香を幸せに出来るように……。

だからそっちで未侑さんと一緒に見てて、ね――。


「本当に送らなくていいのかい?」


玄関のドアを開けながら、仁さんがそう言う。

仁さんが帰りも送ろうとしてくれたが誕生日パーティーの後片付けもあるし、日が沈んできて少し涼しくなってきたので明日香と二人で歩いて帰ることにした。


「はい、大丈夫です。ケーキ食べれなくてすみせんでした……本当に貰ってもいいんですか?」


「いいんだよ。保冷剤いっぱい入れておいたけど1時間くらいしかもたないと思うから気をつけてね」


俺は分かりましたと頷き、右手で持っているケーキの箱を横目で見る。

あの後、お腹は全く空かず。

いくら時間が経っても食べれる気がしなかったので3人で召し上がってくださいと言ったところ、仁さんが切り分けて持たせてくれた。

明日香を2人きりでお祝いしてあげてってことなんだろう。

でも……2人で1ホールの半分ってきつくない?

これ結構直径のでかいケーキなんだけど……。

明日香といえども甘いものってきつい気がするんだけどな……。


「今日はありがとうございました」


「また来るね~」


いつでもおいでと言いながら見送ってくれている仁さんの右手には私もついていくと駄々をこねている、未来さんの姿があった。

仁さん……そのまましっかり掴んでいてくださいね(切実)。


未来さんの姿が見えている間は少し早足でその場を後にした――。


空気が重い……。

かれこれ15分くらい歩いただろうか。

やっと中間くらいの所に来た。

その間、明日香との会話が全く無い。

あの動画を見た後だから、今、何を話していいのか分からない。

でも、こうやってただ手を繋いで歩くってのも悪くない。

周りから初々しいカップルだと思われて視線を浴びるのが少し恥ずかしいけど……。


にしても車で5.6分のところは歩くと30分くらいかかるんだね……。

意外と高憧家から我が家は遠いことが分かった。

前から思ってたけど明日香はなんでうちの高校にしたんだろう。

高憧家の近くにも高校はあるのに……。

心臓疾患があるのに、わざわざ少し離れた所に入学したのが引っ掛かる。


「ねぇ、明日香」


疑問が浮かんだ瞬間、さっきまで話しづらかったのに自然と話しかけていた。


「どしたの」


明日香がキョトンとしながらこちらを見る。


「明日香はなんでうちの高校にしたの?」


「そりゃあ、優がいるからね」


明日香はノータイムで、さも当たり前かのように答える。

この子は……。

なんで言われてるこっちが照れるようなことをさらっと言えるのかね……。

ん?

なんで俺がこの高校にいるって分かったんだ?

俺が蒲原学園高等学校を受験するって言ったのは母さんにも受ける直前だったんだけど……。

母さんから明日香に情報が漏れたとしても中学の時、明日香は保健室登校していて、勉強もあまり出来ていない。

今でこそ学年3位とかになれるポテンシャルの片鱗へんりんを見せているが、しっかり準備して勉強しないと明日香が赤点レベルの得点を取るのは知っている。

それなのになんで?


「なんか、腑に落ちないって感じだね」


ふふっと笑いながら明日香はそう言う。

腑に落ちないのは事実だけどさ……。


「優は多分だけどさ、私が優が受ける高校をギリギリに知って、ギリギリで滑り込んだと思ってるでしょ」


「違うの?」


「優は私の愛を舐めすぎだよ」


なんだろう……愛されてるってすごく嬉しいことなのに、一瞬背筋がゾッとした。


「私が優の受ける高校知ったのは優と最初に出会った頃だからね」


………………へ?

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