第53話 最も暑い一日④

すると突然動画が止まった。

どうやら明日香が一時停止したようだ。


「どうしたんだい明日香」


仁さんが問いかけると明日香は


「ちょっとだけ待ってね」


とだけ言って、真剣な表情のまま画面を見続けている。

心の準備ってやつかな。

それにしてもここまで真剣な表情の明日香は初めて見た。

球技大会の時だって、告白の時にだって見せなかった表情。

いつもにこにこしていて、どこか抜けていて、食いしん坊で、メンタルは強いけど照れやすい。

そんな明日香が隣で背筋をピンと伸ばし、凛とした表情を見せている。

……こんな時に思うのはどうかと思うが惚れ直しそうだよ……まったく……。


ふと、目線を下に移すと膝の上に置いてある手が震えていた。

明日香も緊張することあるんだ……。

そりゃそうだよな、緊張するよね。

だってこの動画は未侑さんが明日香のためにギリギリの状態で……力を振り絞って撮ったもの……そうに違いないのだから。


俺は震えている明日香の手を覆うように握る。

明日香は一瞬びっくりしたようにこっちを見ていたが、自分の手の震えに気づいたのか大きく深呼吸をする。

そして指を絡ませ手を握り返してきた。

手の震えは……どうやら治まったみたいだ。

……良かった。


明日香はありがとうと言わんばかりにウインクをして、再びテレビ画面に目を向ける。

真剣な表情だが先程より柔らかくなった気がする。

少しでも緊張をほぐせたのであれば幸いだ。


「明日香、まずはよく頑張ったわね」


明日香が再生ボタンを押したため、動画が再開される。

俺も改めて姿勢を正し、テレビ画面の方を向く。


「私は病気に負けちゃったけど、あなたはちゃんと打ち勝った。辛いこともいっぱい、いっっっぱいあったでしょうけども、あなたが生きててくれて本当に良かった……ママ、それだけで嬉しい……」


未侑さんの目が潤んでいる。

こっちもつられて涙が……と思ったのだが泣くのを耐えてる未侑さんの隣で母さんが普通に泣いているのを見て引っ込んでしまった。

いや泣けるけどさ……未侑さんより泣くのはちょっとさ……。


それにしてもこの時はまだ、明日香も入院中で病気は治っていないはずだが、未侑さんには明日香の病気が治るといった確信めいたものがあったのだろうか。

そうじゃなきゃこうして動画に残さないよね。

勝手に納得していると再び未侑さんが話し出す。


「でも明日香はこれから楽しい事ばかりね。学校に通って、たくさん友達が出来て、たくさん勉強して、素敵な恋をして……。まぁ恋は既にしてるかもしれないけど」


未来さんが肘でうりうりと背中を押してくる。

絶対にやにやしてんだろうな……未来さんだし……。

振り返らなくても容易に想像できる。


「もちろん辛い事もあるだろうけど、明日香は一番辛いことを乗り切ったんだから、これよりも辛い事なんて無いわ」


確かに。

病気も未侑さんの死も乗り越えて、今の明日香があるんだもんな。

あれ?

なんか未侑さんが言った通りになってる気がするんだけど……。

球技大会で負けてる時だって、テスト勉強で分からないところがある時だって、知らない男にナンパされてる時だって、明日香は笑顔で楽しんでいた。

それに明日香も俺と再会した時そんなこと言ってたような気がする。

病気を乗り越えた私には……みたいなこと。

こういう考え方は未侑さん譲りなのかな。


「どうしても辛い時はお父さんでも未来でも……いや、有村君に甘えて慰めて貰いなさい」


握っている明日香の手に力が入る。

これはその時はよろしくねってことかな?

自信無いなぁ……明日香にめちゃくちゃ甘えられたら理性を保てない気がする。


「本題のお付き合いの方もだけどね……明日香の好きにやりなさい」


み、未侑さん!?


「クラスのみんなに隠れてこそこそお付き合いするのも良し、学生らしくいちゃつくも良し、"そういう"行為をするも良し」


未侑さんっ!?!?!?


「未侑!?」


仁さんと気持ちがシンクロした。


「仁、静かにしなさい」


そう言われてしゅんとする仁さん。

やっぱこれライブ映像じゃありません?

絶対見えてるよねこれ。


「今まで我慢してた分、悔いが残らないように精一杯楽しみなさい。きっと今は素敵なレディになってる事だし、やって良い事と絶対やったらダメな事くらい分別ふんべつつくでしょう」


……ナンパの件とか球技大会の西堀さん達の件があるから、大丈夫です、とは言えないなぁ。

なんで自信満々にうんうん頷いてるの明日香ちゃん。


「ママはいつでも上から見てるからね。あんまり有村君を困らせちゃダメよ」


「いいのよ。あの子尽くすタイプだから、どんどん優ちゃんの事使ってあげてね、明日香ちゃん」


母さん……今、感動的な感じだったでしょ……後、高憧家のみんなの前で優ちゃん言うのやめて……。


「本当に有村君、優しくて面倒見が良いわよね~」


「自慢の息子ですから」


母さんが胸を張りえっへんとポーズを取っている。

やめてやめて、どんどん恥ずかしくなるから。


「有村君……色々とありがとうね。有村君のおかげで病院でも楽しくお話出来たし、えっちゃんとも友達になれたし……明日香の笑顔も見れたし、おばさん何も思い残すことないや」


そっか、そっかぁ……未侑さん、明日香の笑顔見れてたんだ。

安堵したと同時に涙が目から溢れ出る。

俺、未侑さんに明日香の笑顔を届けることが出来てたんだ……。

本当に良かった、良かったなぁ……。

ずっと心に引っ掛かっていた、未侑さんの明日香の笑顔が見たいという願い。

叶えることが出来ていたんだ。


泣いている俺を見て、明日香が背中をさすってくれている。


「ありがとう」


明日香はそう言いながら擦り続けてくれる。

明日香は強いな……なんて思っていると繋いでる手にポツリと大粒の水滴が落ちてきた。

……なんだ明日香も泣いてるじゃないか。


「明日香の相手は大変だと思うけど、娘をよろしくお願いします」


「優ちゃん、明日香ちゃんを幸せにしてあげてね……じゃあね」


深々と未侑さんが頭を下げ、母さんがそう言った所で動画は終わってしまった。


目からは止まる気配の無い涙、手にはぎゅっと絡み合っている明日香の感触、そして耳には母さんの優しいじゃあねの余韻が残っていた――。

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