第51話 最も暑い一日②
「優、遅いよー。早く食べよ」
テーブルに着いた明日香がぶーぶー言っている。
まぁお腹空いてるだろうし、お誕生日のご飯ならすごいの出てきそうだもんね。
楽しみにしてたんだろうな。
「ごめん。クラッカーの中身拾ってて」
「……私が悪かったです。ごめんなさい。片してくれてありがとね、優」
素直に謝れる子、控えめに言って好きです。
かき集めた銀テープや紙吹雪をゴミ箱に入れ、俺もテーブルに着く。
「ふふふ、優君は良い旦那さんになりそうだね」
もう!
おだてても何も出ませんよ!
未来さんもクラッカーぶっ放したんだから明日香みたいに謝るのが筋ってもんですよ。
まぁ今回だけは許してあげます。
「……ん? 私も優君と付き合えば明日香と一緒にいれるのか」
「未来、バカなこと言ってないで手伝いなさい」
キッチンから料理を持って出てきた仁さんが圧を効かせて、未来さんを動かす。
優しい目なのに目の奥が笑ってない。
さすが高憧流威圧家元、圧が違うぜ、圧が。
次々と美味しそうな料理がテーブルへ運ばれてくる。
エビフライにから揚げ、ハンバーグ、ビーフシチュー、そしてローストチキン……。
すごい……すごく……茶色です。
サラダ等もテーブルにあるのだがそれをかき消す茶色の暴力。
男子高校生が喜びそうなラインナップだ。
明日香は……あぁ、すっごい喜んでる。
もう菩薩みたいな笑顔。
安らぎすら感じる。
「全部出し終わったし、それじゃあ食べようか」
「「「いただきます」」」
とりあえず目の前にあるビーフシチューからいただこうとスプーンで一掬いし、口へ運ぶ。
……うっっま。
口にいれた瞬間、大きめの牛肉の塊が一瞬でほどけ、デミグラスソースベースのシチューと絡み合う。
シチューに溶け込んだ野菜の甘味と旨味がメインとなる牛肉を支えている。
気づいたらご飯をかきこんでいた。
一般家庭のクオリティじゃない。
シェフ、シェフを呼んでくれ!
心の中の美食家がそう呼んでいる。
「仁さん、これめちゃくちゃ美味しいです」
「ありがとう。ビーフシチューは二日間くらい保温してくれる鍋に入れておいただけだからそんなに手間はかかってないんだけどね」
なにその便利グッズ、欲しい。
それがあれば明日香の幸せ顔のグレードがアップしそう。
実際、隣で幸せそうにしてるし。
というか道理で料理が出てくるスピードが速い訳だ。
俺と明日香が高憧家に着いて10分から15分くらいでこれだけの料理が出てくるなんてどうなってるんだろうと思っていたが、ビーフシチューは保温していて、ハンバーグも煮込みハンバーグ。
チキンはオーブンで焼いていたとして、帰ってきて揚げ物をするだけだったのならこの速さもうなずける。
仁さんの主夫レベル高いなぁ。
いつかはこうなりたいものだ。
「このビーフシチュー、ママの好物だったんだ」
「未侑さんの?」
うんと頷いて、明日香は仏壇の方を見る。
追いかけるように仏壇の方を見ると、ビーフシチューがお皿に盛られて仏壇に供えられていた。
「特に日にちを置いたのが好きでね。今日食べると明日以降の楽しみが減るって言って初日のは食べなかったんだ」
ふふっと笑いながら明日香はそう言う。
寝かせると美味しいよね。
こういう煮込む系の料理。
俺も初日我慢したくなる派。
「ほんと……懐かしい……」
ぼそりと呟く明日香には哀愁が漂っていた。
……なんか分かる気がする。
多分、俺も今母さんの好きな料理を作って仏壇に供えたらこんな感じになる。
仏壇にありきたりなお菓子ばかり供えていたし、今度供えてみようかな……。
「明日香、有村君。この後見てもらいたいものがあるんだけど大丈夫かな。二人の予定とか」
未侑さんの話題が出た途端にこの話ということは見てもらいたいものというのは以前言っていた動画だろうか。
あの時は明日香の彼氏ではなかったのでお断りしたが今は彼氏……だもんな。
改めて自分が明日香の彼氏だということを認識する。
「俺は大丈夫です」
「私もいいよ」
俺が言うのを確認してから明日香も了承する。
「ありがとう。じゃあとりあえずご飯食べ終わってからにしようか」
仁さんがそう言うと俺達は再び茶色の料理をかきこむのであった――。
料理を食べ終え、ソファに座る。
きつい……。
でも前に来たときよりもきつくはない。
明日香と一緒に生活してるおかげか胃も鍛え上げられたのだろう。
だが、きついことには変わりないので誕生日ケーキは後にしてもらった。
やはり、高憧家の人達はレベルが違う。
あれだけ食べてケーキも食べようとしてた。
別腹ってやつなのだろうか?
こっちは別腹まで埋まっているのだが……。
すると仁さんがテレビの前に立ち話し出す。
「今から明日香と明日香の彼氏、つまり有村君に向けた未侑のメッセージを見てもらいます」
やはりそうなのか……。
なんか緊張してきた。
「よし、これで再生っと」
仁さんがテレビとスマホを繋ぎ終え、ソファの後ろに回り込む。
いつの間にか未来さんも後ろにいる。
「僕も未来も見てないからね。一緒に見させてもらうよ」
「お母さん何て言うだろうね。優君、覚悟しておきなよ」
未来さんが意地悪そうに言う。
明日香が小悪魔で未来さんが悪魔だとしたら未侑さんは大悪魔の可能性も……いや、ないな。
未侑さん優しかったし。
そんなことを考えていると映像が始まる。
映し出されたのは見たことのある病室。
緩和ケア病棟の病室だ。
ベッドの上には未侑さんがいる。
……久しぶりに未侑さんを見た。
でも俺の知ってる未侑さんではない。
体は痩せこけて、顔色も悪い、起き上がっているのがやっとという状態なのだろう。
もうこの時点で仁さんも未来さんも明日香も、そして俺も涙腺が緩んでいた。
この状態で伝えることだ。
相当な覚悟を持って聞かねばならない。
背筋を伸ばし、姿勢を正す。
映像の未侑さんが喋りだそうとしたその瞬間、
「おーい! 優ちゃん! 見てるー?」
突如画面外から登場してきた見たことある姿、そして聞き覚えのある声は……母さんだった。
唖然とする一同。
うちの母が雰囲気ぶち壊してすみません……。
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