第42話 誇れる彼氏

僕も明日香同様、左側に一直線に走り出す。

……左側のお題、後1つしかないんだけど!?


そういえば西堀さんも明日香も恋愛に関するお題を取っていた訳で……他の走者も左に行く人は一定数いた。

そりゃ左側少ない訳だよね!


このレースも僕のように左に向かう走者は……いる!

1人だけ左に向かってきている。


しかも速い!

相手の方が少し前に出始める。


ここで……ここで負けてたまるか!


そう思った瞬間だった。

足を滑らせ、体勢が崩れ、前の方へ倒れていく。

世界がスローモーションになっているみたいに見える。

お題までもう少し、しかし相手は既にかがみ始め、お題を取ろうとしている。

そんな……こんなところで……。

相手の手がゆっくりとお題に近づき、僕は地面との距離が近づく。

覚悟しておいてって言ったのに……かっこわるいな……。


結局、僕はダメなんだ……明日香の隣に立つ資格なんてないのか……。

仁さんと未来さんに宣言したのに。

恋にお膳立てして貰ったのに。

西堀さんを悲しませたのに。

なによりも明日香……ごめん。

告白出来そうにないや……。


諦めそうになった、その時、


「頑張れー!優っー!」


一際大きな声がグラウンドに響く。

明日香だ。

こんなかっこわるいところを見せているのに明日香はまだ応援してくれている。

明日香は信じてくれている。

明日香に信じていてって言ったのは僕……いや、俺だろ!


力を振り絞り、地面から離れかけている片足を思いっきり蹴り出し、目一杯手を伸ばす。


届け、届け、届け、届け、届けぇっっ!!!


ヘッドスライディングをするような格好になり、辺りには砂塵さじんが巻き上がる。


「いててて……お題は!?」


急いで立ち上がろうとして手を地面につく。

左手の感触がおかしい。

地面は砂のはずなのに……。


目線を手元に移すと左手にあったのは封筒。

お題をしっかり掴んでいる。

掴めた、掴めていたんだ!


喜びもつかの間、ハッと我に返り、レース中だと言うことを思い出す。

周りは既にお題の人を探していた。

これで1位じゃなきゃ締まらない!


お題を見ずに俺は明日香の元へ走り出す。

恋愛系ということは分かりきっているし、恋愛系ならばどれが来ても明日香を連れていくと決めていた。


「明日香!来て!」


強引に明日香の手を掴み、指を絡ませる。

明日香の頬が赤く色づいたが気にせずゴールに向かう。

散々ドキドキさせられたんだから、たまには仕返ししなきゃね。


恋人繋ぎのまま、ゴールテープを通り抜けた。


「ゴール!またこの男が1位だ!皆さん先程の発言、覚えてますよね?私も……彼に期待しています。それではお題を見てみましょう!」


「……あ、やべ」


お題を見た途端、マイクが拾わない程度の声量で恋が呟いた。

マジトーンでそれはやばいでしょ。

もしかして恋人系じゃないお題持ってきたのだろうか……。


恋が片手でスマンと表し、お題を発表する。


「お題は……結婚したい人です!」


………………マ?


オーディエンスは今日1の盛り上がりを見せる。


「はっきりさせるんだろ!」

「漢見せろよ!」

「青春じゃあないよね」


確かに……付き合うとかならまだしも、結婚は青春ではないよね。

青春だねぇおじさんは進化してド正論おじさんになってしまった……じゃなくて、今はそんなことを考えてる場合じゃない。


け、結婚!?

付き合ってもないのに!?

段階飛ばしすぎじゃない!?

いや全然良い、むしろお願いしたいけども、明日香の気持ちもあるし…………なんか、まんざらでも無い顔してるな……。


「それではインタビューです。彼女と結婚したいですか?」


うわぁ、火の玉ストレートな質問。

辺りが静まり返り、答えを待っている。

今日ここに居るのは明日香に告白するためなんだ。

信じてくれている明日香のために自分の思いをさらけ出そう。


「はい……結婚したいです」


男達の野太いおおーっと言う声に混じり、女子の甲高いきゃーっという声が聞こえる。

めっちゃカオス。


明日香は……見たことない位照れてる!?

なにこれ!

かわいいぃぃぃぃぃぃ!!!


「でも、その前にしなきゃいけないことがありますよね?」


恋からの絶妙なラストパスが渡される。

そうだよね。

これをまず決めなきゃね。


「明日香。俺、自信が持てなかったんだ」


明日香がきょとんとする。


「明日香の隣にいて相応しくない、釣り合いが取れない。そう思ってた。だって自分は無価値で生きる意味も無いと思ってたから」


「でも明日香が俺に生きる意味をくれた。自信をつけてくれた。だから、頑張れたんだ」


「……そっか」


「俺は明日香の誇れる男になれたかな」


「……なれてるよ、優は。とっくに」


良かった。

明日香の誇れる男になれてたんだ……。


「待たせてごめん。明日香」


「うん」


明日香は涙目になりながら答える。


「俺と付き合ってくれますか」


「……はい、喜んで」


涙を一筋垂らし、明日香がにっこりと笑う。

その笑顔を見て自然と明日香を抱き締める。


やっとだ。

やっと明日香と恋人になれた。


「優、ちょっと痛い……」


「ご、ごめん」


恋人になれた喜びが大きすぎて、つい力が入りすぎたみたいだ。

明日香の肩を掴んで、少し離れる。


あれ、この体勢……。

肩を掴んで、顔が近距離、それで見つめあっている。

ドクンと心臓が跳ねた。

明日香も察したのか、目を閉じる。


覚悟しておいてって言ったもんね。

これでしなかったら無作法だ。


明日香の唇に近づき、そっとキスをした――。







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