第41話 覚悟しておいて

スタート地点へ到着すると、明日香が嬉しそうにしている。

……なんで?


他の女の子と手を繋いだり、抱きつかれたり、キスされたりするのを見たら、怒られたり、嫉妬されたりすると思ってたんだけど……。


明日香は僕が西堀さんの告白を断った事は知らない。

あれは僕と西堀さんの二人だけのやり取りだし、周りから見たらグラウンド中央で僕がただ抱きつかれてるだけのはず……。

だから、なおさら不思議だ。


「あ、明日香?どうしてそんなに嬉しそうなの」


「えー、だって優の魅力に気づいて、西堀さんは好きになった訳でしょ。優が誉められてるみたいで嬉しくてさ」


その西堀さんを振ったんだけどね……。

先程の西堀さんの顔が浮かび、申し訳ない気持ちになる。


「あ、西堀さんこっち見てる」


明日香が手を振ると、西堀さんも控え目に手を振り、くるんとターンして1位の旗の所へ歩いて行った。

あれ、そういえば明日香は嫌じゃなかったのだろうか?

この前は僕が女子から人気が出てきてる事を不安と言っていたのに。


「明日香、嫌じゃなかった?」


「なにが?」


「……さっき俺が西堀さんに、その……キスされてる時とか」


「嫌に決まってるでしょ」


食い気味に言われてしまった。


「嫌だけどさ、別に優からやってる訳じゃないし、私達付き合ってないから、私がとやかく言うことじゃないしさ、それに……」


「それに?」


「信じてるから、優のこと……って優が信じてほしいって言ったんじゃん。まぁ言われなくても信じてるけどさ」


……そうだ。

僕が言ったんだ。

そして告白することもその時決めたんだ。

拳を握り、再び決意を固める。


「インタビューもここまでにしてそろそろ第2レースに行きましょう!」


恋のアナウンスがグラウンドに響く、明日香のレースがいよいよ始まる。


「あ、そうだ。優、西堀さんのキス嬉しかった?」


明日香が立ち上がると同時に予想外の質問をしてきた。


「……え、え?」


いや、嬉しいか嬉しくないかでいったら嬉しいけど、キスされた時の事あんま覚えてないしなぁ……。


「どうだったの?」


明日香の圧が増す。


「不意だったからよく分からなかったけど嬉しさ半分驚き半分……かな」


「ふぅーん」


にやりと笑う、明日香。


「覚悟しておいてね」


明日香がそう言って前を向くと同時にスターターの号砲が鳴る。


覚悟ってなにを……?

またなんか恥ずかしい思いをさせられるんだろうか……。


一直線に左側のエリアに向かう明日香。

もしかして弦本さんからどこにどのタイプのお題があるか聞いてる?

それくらい迷いなく左に向かっていった。


お題を拾い上げ、封筒からお題を取り出す。

すると明日香もこっちへ引き返してくる。

デジャブだなぁこれ。


「優、来て」


明日香に手を掴まれ走り出す。

完全にさっきと同じなんだけど……。


周りもざわつきだす中、僕らが1番でゴールテープを通り抜ける。


「おおーっと、またこの男が1位でゴール!お題は……これはまた……」


左側の時点でそういう系なのは分かってる。

一体なんだろう……。

ごくりと喉を鳴らす。


「大好きな人だぁ!」


一段とざわつくオーディエンス。


「おいおい、またあの男かよ」

「さっきの子とはどうなるんだ」

「青春だねぇ」


なんか一周回って青春だねぇおじさん好きになってきた。


「それではインタビューに参りましょう。大好きな人とのことですが彼のどういうところが好きなのでしょうか?」


「優は、優しくて、かっこよくて、私の事を大切にしてくれて、ナンパから守ってくれて、料理が上手で……」


多い多い、っていうかこれ以上言われると同棲がバレそうだし恋にアイコンタクトを送り、ストップをかける。


「ごほんごほん。彼の好きなところは充分、分かりました。では、あなたは彼をどれくらい好きなのでしょうか」


なんだその質問!?

恋笑ってるし。

僕もヤジ飛ばしたくなる。


「そうですね……」


そう言うと明日香は僕の右側に移動し、唇を右頬にキスをした。

覚悟しておいてってこれかぁ……。

絶対やる気満々だったでしょ。


「少なくともこれくらいは好きです。本当はもっと好きですけど」


再び、ドッと沸く。


「まじで何なんだよあいつ」

「羨ましい、◯ねば良いのに」

「青春だ……いや、これ私の知ってる青春じゃない」


なんか物騒なヤジ増えた。

ていうか青春だねぇおじさんはブレるんじゃない。


にしても左頬と右頬、西堀さんと明日香、それぞれにキスされてしまった。

本当に◯ぬんじゃないだろうか……。


「かなりお熱い表現ですが彼の方はどうでしょうか?感想お願いします」


「嬉しいです。素直に」


周りからブーイングが起こる。

まぁ、倒置法にしただけでさっきと言ってること同じだしね。


「それでは2位のインタビューに行きましょう!」


さらにブーイングは大きくなる。

明日香にもキスされたのに、西堀さんの答えも言ってないからそりゃこうなるよね。

恋も困ってるし、収拾つけないと……、

もう一度恋からマイクを受けとる。


「次は俺の番なので、もし、そういうお題が出れば、その時にはっきりさせます」


「そうです!彼のレースはこの後!彼の賢明な判断に拍手をお願いします!」


するとブーイングが収まり、次第に拍手が起こり始める。

良かったこれでとりあえずは大丈夫そうだ。


スタート地点に戻ろうとすると、またもや後ろから抱き締められる。

さっきとまるで同じ……。


「優、どうだった。不意打ちじゃないキスは」


明日香がしたり顔でそう言う。

やっぱり、最初からやるつもりだったのか。

小悪魔め……。


「嬉しかったよ。俺も明日香に言いたいことあるんだけど良い?」


「なに?」


「覚悟しておいて」


僕がそう言うと明日香は離れてふふっと笑う。


「楽しみにしてる」


僕は再びスタート地点へ向かう。

告白するんだ。

明日香に……いよいよ。

心臓がドクンドクンと脈を打つ。

緊張している。


でも、もう明日香を待たせるつもりはない。

もう不安にさせたりしない。

今日決めるんだ。

拳を心臓の辺りに当てて、深呼吸する。


「まもなく第3レース発走です!」


恋のアナウンスでスタートラインに立つ、スターターがスターターピストルを上に向ける。


大丈夫。

成功する。


パァンと号砲が鳴り響き、僕の借り人競争がスタートした。

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