第39話 ごめんね

6月といえど暦の上では夏。

まあまあ暑い。

応援合戦をしただけなのに汗が頬を伝う。


「次の競技は3年生の騎馬戦です――」


体育祭実行委員のアナウンスが入り、3年生が移動し始める。

ようやく一息つけそうだ。

僕の出番はもう少し先、お昼休憩の前だし、明日香の様子でも見に行こうかなと思った瞬間、急に肩を組まれる。


「緊張してきたか、エビデン。大丈夫だって、絶対上手くいく」


恋だ。

緊張を解いてくれてるのかな。


「そもそも高憧さんが先にしたでしょ。大丈夫だよ。リラックスリラックス」


恋の後ろから福も来てくれた。

ていうかそんなに緊張してるように見えるのかな。

表情筋の辺りをグリグリと親指で押してみる。

分からんけど多分固さは取れただろう。


「大丈夫、思ったより緊張してないから。俺も上手くいくと思ってる」


「おう!俺もしっかりインタビューするからな」


「しっかり成功の瞬間を見ておくよ」


3人で拳をコツンと付き合わせ、気合いを入れる。

本当にいい友達だ。

いつか恋や福にその時が来たら、僕もサポートする方に回ってあげたい。


恋達と別れ、歩いていると今度は仁さんと未来さんに遭遇した。

あの事言っておいた方がいいかな……仁さんもそうだけど、未来さんもショック死しそうだし……。

重度のシスコンだからね。


「有村君!久しぶりだね。どうだい生活の方は」


「なんとか上手くいってます。役割分担して、僕も助かってます」


「そうかいそうかい。明日香も少しは家庭的になってきたのかな。ありがとうね」


感謝したいのは僕の方です。

僕も仁さん見習って頑張りますと心の中で呟く、


「優くん、最近、明日香吸いどう?」


今度は未来さんが耳元でこっそりと話しかける。

まぁ仁さんには言えないよね、この内容……。


「最近出来てないんですよね……。初日に吸ったきりなんで俺も吸いたいです」


「私も最近、明日香成分が足りないからね。今度吸いにいくから、よろしくぅ」


それ僕じゃなくて明日香に許可とった方がいいのでは……。

明日香、絶対嫌がりそうだけど。


「次は借り人競争です。1.2.3年生の参加者は至急、待機場所へ集まってください」


召集がかかってしまった。

言うなら、このタイミングかな?


「あの。この後、俺と明日香の競技なんですけど……その時に明日香に告白したいと思います」


「……そうかい。有村君、前にも言ったけど僕は君なら歓迎するよ。頑張ってね」


「私も優くんなら……っ……いいよ。ファイト」


2人ともそう言って送り出してくれた

未来さん、ちょっと葛藤してたけど……。


「ありがとうございます。頑張ってきます!」


一礼し、僕は急いで待機場所へ向かった。


――待機場所は意外と多くの人で賑わっていた。

僕の場所はどこだろ。


「おーい、優。ここだよ!」


この人数の中、しっかり聞こえる明日香の声。

ありがたいけどちょっと注目集めて恥ずかしい。


「いよいよ私達の出番だね。頑張るぞー」


「こんなに体育祭でわくわくしてる人、私、初めて見るよ……」


「まぁ、明日香にとっては初めて体育祭だからね。楽しみで仕方なかったんだと思う」


「楽しみだったよ!昨日もわくわくしすぎてほとんど寝れてないもん」


修学旅行とかならまだしも、体育祭が楽しみで寝れない人も初めてだなぁ。

明日体育祭かぁ、嫌だなぁと思って寝る人の方が多い気がする。


「最初は西堀さんだね。頑張ってね。私も頑張るから」


出走順は1年生からとなっており第1レースが西堀さん、第2レースが明日香、そして第3レースが僕となっている。


「私からかぁ。緊張するなぁ……」


「気楽にいこうよ。1つの競技の1人の結果なんて誤差みたいなもんだからさ」


「……ありがと。お題で困ったら、有村君呼ぶかもしれないから、その時はよろしく」


西堀さんの責任感の強さを少しでも和らげようとしてみたが効果はあったようだ。


「それでは移動します。付いてきてください」


弦本さんが案内係なんだ。

そういえば体育祭実行委員だった。


「さぁ、この学校の名物競争。借り人競争参加者の入場です!今年は一体どんなドラマがあるのか、今年のインタビュー担当は1年愛久澤恋が僭越せんえつながらやらせていただきます。皆さん盛り上がっていきましょう!!!」


「「「うぇーい!!!」」」


盛り上がりすごいな、この競技。

そんな名物競争だったのこれ。

てか恋、MCできるんだね。

ですます口調の恋、すごい違和感しかない。


「それでは1年生からスタートします。第1レース発走です!」


スターターの号砲が鳴り、西堀さんのレースが始まった。

確か恋曰く、右が先生系、真ん中が友達系、左が恋愛系って言ってた。


西堀さんは……左と真ん中の境目らへんのお題取ってるな……。


お題を封筒から取り出す、西堀さん。

一瞬、口が開き固まるがすぐに口角を上げるとこっちを向いて走り出した。

逆走!?


「有村君!来て!」


西堀さんが手を差し出し、僕を呼ぶ。

本当に僕が必要なお題きちゃったの!?

とりあえず急いで西堀さんの手を握り、一緒に走り出す。


「西堀さん!お題って何なの?」


「…………秘密」


悲しそうに笑う、西堀さん。

目元からは少し涙がこぼれている。

え、涙……。

みんなの前で言うのが余程嫌なお題なんだろうか。

泣くほどのお題って、一体恋はどんなお題入れたんだ……。


ゴールテープを二人で通り抜ける。


「今1位のペアがゴール!お題を確認してみましょう!」


恋がお題の紙を受けとり、お題を見た瞬間、目が点になってる。


「西堀……まじ?」


こくんと頷く西堀さん。


「お題、読んでいいか」


「ちょっとだけ待って」


そう言うと、西堀さんは僕の方を向く。


「ありがとうね、有村君。付いてきてくれて……もう少し、もう少しだけ私に時間を頂戴」


西堀さんの手を握る力が強まる。


「いいよ。西堀さんが好きにして」


これで少しでも西堀さんが楽になるなら、僕はどうされても構わない。


「じゃあ愛久澤君読んで」


恋が頷いて息を吸う。


「只今の1位ペアのお題は……キスしたい人です」


…………え?

聞き間違いかと思い、恋の方を向く。

その瞬間、左頬に感触があった。


「ごめんね」


西堀さんの呟きはオーディエンスの盛り上がりによって、すぐにかき消された。


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