第35話 やっちゃった

明日香のお茶碗は食器棚に、洗濯物はちゃんと仕舞ったし、明日香には外に出てもらって、あたかも自分の家から来た感じを演出してもらう。


よし。

これで同棲してるとは思われないだろうと思った瞬間、タイミング良くインターホンが鳴る。


「エビデーン。入って良いかー」


僕はどうぞと許可を出し、玄関に向かうと扉が開きみんなが入ってくる。


「邪魔するぜ」

「お邪魔します」

「ただ……お邪魔します」


こら明日香、ただいまって言おうとしたでしょ。

心臓に悪いから本当にやめて……。


「いらっしゃい、飲み物持っていくから適当にリビングでくつろいでて」


みんながリビングに行くのを見届けてから僕は人数分のコップと冷蔵庫から出したりんごジュースとコーヒーのペットボトルを配膳盆の上に載せて、リビングに持っていった。


「お待たせ。二種類しかないけど好きな方をコップに注いでね」


明日香や恋、福が飲み物を注ぐ中、弦本さんと西堀さんがそわそわしている。

あれぇ……なんかデジャブ……。


「有村さんって一人暮らしなんですか?」


「そうだよ。今年の春からだけど」


「有村君、女の子と一緒に住んでたりしない?」


先生、福ちゃんに続き、三人目のエスパー爆誕。

しかも、初手から王手。

女の勘ってすごいなぁ……。

鋭さがエグすぎる。


「まさか。一人暮らしだってば」


苦しいがすっとぼけて抵抗を見せる。


「へぇーそうなんだ。じゃあよっぽど几帳面なんだね」


「あっくんとは大違いです」


「急に俺に飛び火すんなよ……」


なんとか誤魔化しきれた?

でも油断するなよ、優。

最後まで気を抜かず勉強会を終えねば。


「じゃあ、そろそろ勉強会始めよっか」


――家の中にはシャーペンで紙に文字を書く音と時々喋り声が聞こえる。

みんな集中して取り組み、時刻はあっという間に12時を回っていた。

ちょっとお腹空いたかも……。


「みんなお腹空いてない?軽くでよければ作るけど良いかな」


「まじ!エビデン頼むわ。腹減って頭回んなくなってきてたからよ」


恋の返答にみんな頷く、じゃあ簡単で多く作れるチャーハンと中華スープにしようかな。


――トントントンとネギを刻んでいると弦本さんが隣に来た。


「あの私トイレ借りて良いですか?」


「いいよ。リビング出たところにあるよ」


「ありがとうございます」


トイレの許可なんて聞かなくていいのに……。

律儀だなぁ弦本さん。


すると弦本さんのすぐ後に西堀さんが来た。


「あの有村君。私もトイレなんだけどさ、ちょっと我慢できないというか……」


え……。

それはまずい。


「2階にもトイレあるから上がって、階段上がってすぐ隣だから」


「ありがとう」


そうして階段を上がっていく西堀さん。

間に合うといいけど……ん?

階段の隣……?

左はトイレだけど右は……明日香の部屋だ!


追いかけるように僕も階段を駆け上がる。

右には行かないで右には行かないで右には行かないでと願いながら階段を登り終えると西堀さんは右の部屋を今開けようとしてる最中だった。


やばい!


「西堀さん!」


西堀さんがこちらを向く。

僕は半開きまで来ていたドアを閉める。

良かったなんとか間に合った。


「……」


なにやら西堀さんの顔が赤い、ていうか近い。

って言うか今の状況って……壁ドン!?

しかも左手はドアノブを掴んでいる西堀さんの手の上から握っている。

慌てて離れる僕。


「ごめん西堀さん!トイレはこの部屋じゃなくてこっちなんだ」


「……」


西堀さんは無言でトイレに駆け出す。

やっちゃった……。

二人きりで強引に女の子の手を掴んで壁ドン。

訴えられてもおかしくないレベルだ。


西堀さんには本当に申し訳ないことをしてしまった。

後でちゃんと謝らなきゃ……。

でも、トイレの前でずっと待ってたらさらにヤバい奴だと思われるし、とりあえず今はみんなのお昼ごはん作らなくては……。

そう思い、一階に降りた。


※※


心臓が激しく胸を打つ。

な、なんでこんなことに?

トイレに鍵をかけて、一旦座って、深呼吸しよう。


有村君はちょっと変な男の子だ。

球技大会で私が酷いことを言って、練習を中断させたのに見捨てなかった男の子。

その上、わがままを言ったのにそれでもミスしたら俺が取り返してくれると言った男の子。

実際に本番でミスをしたら自分が怪我をしてまで本当に私のミスを取り返してくれた男の子。

一見頼りなさそうで、女の子とに囲まれるとたじたじで、人と喋ることに慣れていなさそうで、女々しい男の子。

でも本当は優しくて、男らしくて、かっこいい、笑顔が素敵な私のヒーロー。

それが有村君だ。


でも有村君に恋愛感情は抱いていなかった。

いや、正確には抱こうとしなかった。

だって有村君には高憧さんがいる。

あんなに可愛くて、スポーツも出来て、有村君の事が好き、いや、大好きな女の子に平凡な私が勝てる訳が無い。

戦うだけ無駄ってことははなから分かりきっている。


……でも、それでも……やっぱり私、有村君の事……好きなんだ。


さっき気づいてしまった。

事故みたいな壁ドンで有村君の顔が近くにあった時、私……キスしようとしてた……。

自分にかけていた有村君のことが好きっていう気持ちのブレーキが壊れてしまった。

きっと、この思いはもう止められない。


それに有村君はまだ高憧さんと付き合っていないって言っていた。

私が高憧さんに勝てる確率は1%……いや1%以下だったとしても……可能性があるなら私はそこに賭けたい。


「……覚悟しててね有村君」


トイレの個室に恋愛感情に目覚めた一人の女の子の呟きが響く……。



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