第27話 球技大会②

女子チームの試合が始まった。

前半は女子、後半は男子でそれぞれ20分ずつとなっている。

女子にはあえてフォーメーションとかは定めていない。

初心者にボランチとかトップ下とかのポジションを言っても分からないだろうし、大まかにあなたは守って、あなたは点を取ってという役割しか与えていない。


とにかく自分達のゴールを守って、相手のゴールに決めれば良い。

それだけ理解してくれれば十分だ。


相手チームがボールを中心に集まるような感じになっているのに対して、こちらはパス回しの練習のように間隔を取って、構えている。


相手チームも運動部系が多いこともあり、推進力がある。

だが、こちらの守備陣も落ち着いてシュートコースを切っている。

相手が無理やり打ったシュートは守備陣の足に当たって枠外へと外れていった。


みんなが頑張ってるんだ。

僕も声で鼓舞しないと、


「いいよ!ナイスディフェンス!その調子で行こう」


そう言った瞬間だった。

相手のコーナーキックからボールが密集の中へ、両チームの選手が入り乱れ、たまたまボールがこぼれたところに相手選手がフリーでいた。

そのままゴールに蹴りこまれ失点。


コーナーキックの守備練習してないし、こぼれた場所も悪かった。

どうしようもない不運な失点。


「ドンマイ!ドンマイ!事故みたいなもんだから気にしないで、まずは落ち着こう」


そう言ってみるものの、チームは明らかに動揺してしまっている。

練習通りのパス回しが出来なくなっていた。

相手が来て、焦ってボールを蹴ってしまい、それを相手にかっさらわれてシュート。

またもや失点してしまい、残り10分で2点リードされてる絶望的な状況となってしまった。


このままではまずい。

流れを変えないと……。


すると相手が先に動く。

ベンチの選手を一気に交代し、長身の選手が守備に入る。


厄介だ。

ただでさえ、攻撃が出来ていないのに長身のディフェンダーを入れることでこちらの攻撃を完全にシャットアウトし、2点のリードを逃げ切るつもりで間違いないだろう。


ちょっと早いけど明日香と弦本さんを出すしかない。


「明日香と弦本さん、思ったよりも早いけど行ける?」


「むしろ待ちくたびれたよ。優、私ヒーローになってくるから、目を離さないでね」


すごく自信ありげに言う明日香。


「私なりに頑張ってきます!」


弦本さんもいつもより気合いが入っている。


「じゃあ2人とも楽しんできて」


そう言ったところで肩を叩かれた。

西堀さんだ。


「有村君、私達も出して。守備だけなら私達の方が出来ると思うから」


確かに。

あの明日香を苦しめた守備力はこれ以上失点出来ないチームに取って必要不可欠だ。


にしても、できるだけ試合に出ないようにと、ベンチ組に入った西堀さん達が自分から出してって言うようになるとは……。


「わかった。じゃあ西堀さん達も楽しんできて」


西堀さん達は頷き、ピッチへと入っていった――。


するとどうだろう。

明らかに劣勢だったチームがむしろ押し始めてるではないか。


相手チームは西堀さん達のコンパクトな守備に苦戦し、思うようにゴール前のエリアに入れずにバックパス。

その不用意なパスを明日香が狙っており、カットして相手を背負いながらキープ。


良いポストプレーだ。


サイドを駆け上がってきた弦本さんにパスをして、受け取った弦本さんがギアを上げる。


速い!

一気に相手ディフェンダーを振り切り、中央にラストパス。

走り込んだ明日香が冷静に流し込んでゴール。

これで1点返すことに成功した。


良い守備から良い攻撃、練習したことが全て出た、正に理想的なチームプレイによる得点。

最初の頃の酷さを知ってるだけに感慨かんがい深いものがある。

はっ……でも、まだ負けてるんだった。


「ナイスゴールみんな!まだ時間あるよ!点取りにいこう!」


僕が言わなくてもみんな分かってるみたいだ。

集中して、試合に入っている。


相手ボールのキックオフで試合が再開される。

その瞬間を狙ってたかのように明日香や弦本さんの攻撃陣がボールを奪取しにいく。


これはパス回しの練習の時に男子がやってた守備の仕方だ。

どんどん追い詰めていき、逃げ場を無くす。

相手はどうしようもなくなり、ボールを適当に蹴り出した。


ボールは吸い込まれるように明日香の元へ

明日香がトラップし、前にドリブルを開始する。

前には長身のディフェンダーが2人いる。

サイドには弦本さんがいるが明日香はパスを出さない。


ディフェンダー2人との距離が近づく、左右からすごいプレッシャーだ。

どうする気なんだ明日香……。


ここで明日香は仕掛けた。

左側のディフェンダーから抜こうと方向を定めドリブルする。

しかし、それは読まれている。

相手ディフェンダーがボールを取ろうと足を伸ばした瞬間だった。


明日香は足裏でボールを引き、回転しながら逆の足裏でもう一度ボールを引く。

2人のディフェンダーの間を回転しながら突破していく明日香。

こ、これは……マルセイユルーレット!?


僕がアミューズメント施設で明日香にカッコつけるためにやった、あの技。

出来るようになっていたのか。


明日香はそのままシュートを打ち、ゴールネットが揺れた。

一瞬静寂が訪れるグラウンド。

その後、ドッと沸き上がる。


「すげぇあれ女子がやることかよ」

「今、何が起きたの?くるっと回ったよね!?」

「高憧さん、かわいいだけじゃなくて運動もできるんだね」


あんなプレーしたらざわつくよね。

僕も鳥肌が立った。


ゴールを決めた明日香を見ると、ピッチにいるチームメイトに囲まれ、すごいすごいと称賛されていた。

良かったね、明日香。

クラスに打ち解けた感がある。


そう思いながら明日香を見ていると、明日香も僕に気付いたようだ。

すると自分の左手の薬指にキスをして、それを僕の方向に向けた。


そのパフォーマンスの意味分かってるのかい、明日香……。

左手の薬指にキスをするパフォーマンス。

それは、このゴールを大切な人や婚約者に捧ぐという意味だ。


つまり「今のは愛する優のために決めたゴールだよ」と、そう言ってるようなものだ。

惚れちゃうなぁ……。

もうとっくに惚れてるんだけどね。


何はともあれ、これで同点。

試合は残り1分。


この勢いなら勝ちまであるかもしれない。

そう思った瞬間だった。

サッカーの神様は時として残酷なことをする。


相手がキックオフと同時に大きく蹴り出したボールはそのまま、こちらのゴールキーパーへ飛んできた。

勢いもない緩いボールだったがゴールキーパーは片手をおでこに当てている。

太陽が目に入って見えづらくなっていたのだろう。

ゴールキーパーはかろうじてもう片方の手で弾いたが弾いた先にいたのは西堀さん。

弾かれたボールは西堀さんに当たり、無情にもゴールへ……。


ゴールと同時に鳴り響くホイッスル、沸く相手チーム、膝から崩れ落ち地面に手をつく西堀さん。


「私のせいで……」


地面にポツポツと水滴が落ちる。


「……ごめんね……みんな」


責任感が人一倍強い西堀さん。

この負け方はそういうタイプじゃなくても精神的にきつい。

一生のトラウマものになるレベルだ。

でも……


「あー惜しかったね。勝ちたかったなぁ」


明日香!?

傷口えぐるような言い方に聞こえるよそれ。


「西堀さん何で泣いてるの?」


「……私のせいで負けた……から」


声が震えている西堀さん。

明日香、頼むからもうえぐらないであげて……。


「何言ってるの?西堀さんいなかったら私、点取れてないよ。0対2から同点にして2対3で負けたんだよ。一時的だけど同点にできたし、2点も取れたのは西堀さんの守備のおかげだよ」


「でも最後のがなければ……」


「いやーごめんね。私達が守備してた時なんて2失点だよ。西堀さん達よりも責任あるよ」


交代する前の守備陣が申し訳なさそうにしながら話に割って入ってくる。


空気が重い……。


「大丈夫、まだ負けてないでしょ」


そんな空気を一蹴する明日香。

本当にポジティブ。


「優、後は任せたよ!」


うんと頷き、明日香と拳と拳をコツンとぶつける。

そして僕も西堀さんに近づき、しゃがんで目線の高さを同じくらいにする。


「西堀さん。言ったでしょサッカーはチームでやるって」


こっちを見る西堀さん。


「取り返してくるよ。後は任しといて」


ニッと笑い僕は男子チームの元へ向かう。


西堀さんのためにも絶対に勝ちにいく、その気持ちはどうやらうちのクラスの男子全員が同じようだ。


「あんなの見せられて、負けるわけにはいかねぇよなぁお前ら!」


「「「おう!!!」」」


「1- Aぶっ潰すぞ!」


「「「おう!!!」」」


「今日は女じゃなくて男を追いまくるぞ!」


「任せろ!」

「地獄の果てまで追いかけまわしたる」

「今日だけは男のけつで我慢してやる」


恋は本当に煽るの上手いというか、気合いの入れ方が上手だ。

でもなんか最後の奴、変じゃなかった?

気のせいかな……。


「有村君、フォーメーションは4-2-3-1で行くよ。恋がワントップ、俺が左のボランチで、有村君はトップ下でお願い」


「わかった」


「それじゃあ、試合開始といこうか」


こうして僕らの負けられない試合が始まる。



※近況ノートに4-2-3-1やトップ下等の説明を雑ですが書いてあります。

気になる方は読んでください。

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