第23話 明日香の心配

球技大会1週間前の金曜日。

今日からボールを追いかける男子を3人から4人に増やして、パス回しのウォーミングアップ。

その後、暫定のスタメン組と暫定のベンチ組に分かれて指導をすることにした。

スタメン組は福田君に任せて、僕はベンチ組を教える。


このベンチ組には明日香や弦本さんらが入っている。

ベンチ組と言っても、この球技大会は全員参加がルールとして定められているため、必ずベンチにいる7人が試合に出なければならない。


明日香は女子の中では正直誰よりも上手だが、体の問題があるし、途中交代でプレーするのが最適じゃないかなと僕は明日香に告げた。

スタメンじゃなくてがっかりするかなと思ったが、


「途中から出てきて活躍したら私、ヒーローでしょ」


と明日香は笑顔で言っていた。

明日香のポジティブな姿勢は本当に見習いたい。


弦本さんは勝手に運動できないかなと初対面の時に思っていたが意外と足が速い。

ただ、持久力があまりないようで、スタメンよりも相手が疲れている終盤に掻き回してくれた方が戦術的に良いと判断して、ベンチからとなった。

この判断に関しては恋も、


「良いと思うぜ。あいつ俺よりも50mのタイム速いし、短距離だったら最強だぞ」


と自慢気に話していた。

弦本さんの事を話すときの恋は楽しそうだ。

なんて分かりやすいのだろう。

僕が言えた義理では無いが、さっさと付き合えば良いのに……。


残りの5人は自ら、あまり試合に長く出たくないと申し出た、文化部と帰宅部の子達。


「私達が足引っ張るのは分かってるからさ」


ハハハと苦笑いしながら1人の女子がそう言う。


「足引っ張っても大丈夫だよ、西堀にしぼりさん。私が助けてあげるから」


かっこいいけどそれは上からだと思われても仕方ない発言だよ明日香……。

ていうかこの人、西堀さんって言うんだ。

自己紹介の記憶が無いせいでクラスメイトの名前がほとんど分からない。

困ったものだ。


「優、そろそろ練習しないと」


いかんいかん、こんなこと考えてる場合じゃない。

練習しないと。


「じゃあ明日香と弦本さんは俺と一緒に攻撃をして貰います。西堀さん達は守備をしてください」


そう言うと僕は明日香と弦本さんに手招きして召集をかける。


「明日香はポストプレーを弦本さんには明日香からパスを貰ったらドリブルで仕掛けてシュート、もしくは明日香にパスをして貰います」


「ポストプレー?ってなんなの優」


「ポストプレーって言うのはゴール前でボールをキープして攻撃の起点になることだよ。明日香が前でボールをキープすることでサイドの人、例えば弦本さんが上がってくる時間を稼いだり出来るし、もちろん相手を抜けそうだったら抜いてもいい。攻撃のバリエーションを増やす役割だね。ただポストプレーって結構ハードだけど明日香は大丈夫かな」


「出場時間も短いし大丈夫だよ。そこまでやわじゃないから私。そういえば舞ちゃんだけじゃなくて、優にもパスしてもいいの?」


「いいけど俺はシュートとかはしないよ。万が一シュートが当たったりすると危ないし」


「了解」


そう言って明日香は西堀さん達の前を陣取る。


「弦本さんは大丈夫、分からない事とかない?」


「有村さん、大丈夫です。私、サッカー部のマネージャーみたいなのやってたので。プレー自体は下手ですけど」


またもや意外だ。

弦本さん、意外なことが多くて驚かされてばかりだ。

弦本さんも所定の位置についたので始めることにした。


「じゃあ始めます」


そう宣言し、僕は明日香にふんわりとしたパスを送る。

明日香はそれを綺麗にトラップし、キープ。

走ってきた弦本さんにパスを出すと、弦本さんはスピードを活かし一瞬で抜け出してシュート。

ゴールネットが揺れた。


「明日香、弦本さん。その感じで良いよ。もう一回いくね」


僕が再び、明日香にパスを送る。

明日香がボールをトラップし、キープすると走ってきた弦本さんにはパスを出さず、今度はターンして自分でシュート。

またもやゴールネットが揺れた。


弦本さんの走りを囮にしたナイスプレーだ。

明日香が上手すぎるといえばそうなのだが、守備ももう少しどうにかできる気がする。

ボールを取りに行こうとした結果、シュートコースもパスコースも空いてしまっている。


西堀さん達に駆け寄りアドバイスを送ることにした。


「西堀さん達、ボールを取りに行こうとしなくて良いよ」 


「私達、下手だからさ。ごめんね」


「そうじゃなくて、ボールを取るだけが守備じゃないんだ。明日香、俺達のいるところにシュート打とうとしてみて」


僕はそう言うと西堀さん達が並んでいる間に入った。


「じゃあ打つね」


明日香はシュートの体勢に入り、シュートを打つがボールはゴールのポストに当たり弾かれる。


「明日香どうだった」


「さっきより打ちづらかった」


「そう。今、打ちづらくさせたの。シュート出来るコースがあまり無かったよね。ボールを取るんじゃなくて、シュートを打てなくさせたり、打ちづらくするのも守備なんだ」


「みんなもう少し間隔をせばめて、打ちづらくするのを意識してやってみよう」


「わかったよ、有村君。できるだけやってみる」


西堀さんはそう言って、やってみてくれたがこの日はほとんどゴールに決まってしまった――。


家に帰り、金曜恒例、明日香のギャンブルクッキングを心待ちにしていると明日香がキッチンから、ねぇ優と声を掛けてきた。


「私ね。西堀さん達が心配なんだ」


「心配ってどういうこと」


「球技大会の練習が始まってからなんだけど、西堀さん達、ほとんど笑ってないんだよ」


明日香がそう言いながら、料理をテーブルに持ってきて席に着く。

1つのスポーツをやる以上、合う合わないはもちろんある。

恋と福田君にみんなが楽しめるようにするには、と僕は言ったが全員が楽しむっていうのは難しい。

それは僕もわかっていた。


それでもサッカーをするのが嫌と思わせないようにしたかったのだが西堀さん達は嫌なのだろうか。

西堀さん達に申し訳なくなる。


もしかして我が家で恋達と相談してた時、明日香の顔が一瞬曇ったのはそのせいだろうか。


「もう少し西堀さん達が辛く無いようにケアするよ」


「うん。私も西堀さん達が笑ってるところが見たいから頑張るよ。ご飯冷めちゃうから食べよ」


それもそうだ。

今は明日香の料理を楽しもう。


いただきますと言い、まずは味噌汁に手をつける。

もずくとじゃがいものお味噌汁。

これは合いそうな組み合わせだ。

ローリスクのギャンブル最高と思いながら、味噌汁を口に流し込む。


その瞬間むせ返りそうになる僕。

酸っぱくないこれ?


「明日香、もしかしてもカップに入ってるもずく使った?」


「うん。もずくってあれのイメージしか無くてさ、酢に漬かってるけど加熱すれば飛ぶかと思って」


飛びきって無いねぇ。

どっちかというとびっくりして僕が飛びそうになった。


「生のもずくも売ってるからさ、今度はそっちにしようね」


成功する期待が大きい程、失敗した時のダメージがでかい。

しかし、成功したときの感覚が忘れられない。

既に僕は明日香クッキング依存症になっているのか。

これがギャンブル……。

明日香クッキングというギャンブルの怖さを知った夜となった。


――そして迎えた月曜日、明日香の心配は最悪の形で当たってしまう。

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