第16話 同棲開始②

時刻は19時になろうかというところ。


「お待ちどう!」


ついに料理が完成したようだ。

明日香が配膳盆にご飯とお味噌汁とエビマヨを乗せて持ってきた。


「お味噌汁はワカメとお豆腐のシンプルなやつだけど許してね」


許すも何も作ってもらってるのに文句を言う立場ではない。

後、どっちかというと安心した。

お味噌汁までギャンブルされてたら流石にどっちかで事故が起きそうだし……。


問題のエビマヨだが、フリットされたエビの間にちらほらと皮をむかれ、一口サイズに切られたオレンジが見えている。

ピンクがかった白色のソースにオレンジが映えて、匂いも良く美味しそうだが……


「優、食べてみて!」


明日香が僕のために作ってくれた料理。

食べないわけがない。


「いただきます」


箸でエビとオレンジを掴む。

ワクワクした表情で明日香がこっちを見ている。

多少、好みに合わなかったとしても美味しいって言おう。

そう決めて口に運んだ。


「……ま」


「ま、不味かった?ごめんね優、吐き出してもいいから……」


「うっま!これすごく美味しいよ明日香!」


あまりに美味しすぎて"ま"がフライングした。

フリットされたエビとマヨネーズのこってり感をオレンジの酸味がさっぱりとさせている。


これはギャンブル大当たりだ。

あかん、ビギナーズラック炸裂で明日香クッキングというギャンブルにハマってまう。


ふと明日香を見ると嬉しそうな顔でこっちを見ていた。


「どうしたの明日香?」


「優は良い顔で食べるなぁと思って」


その言葉そっくりそのままお返しするよ……。


「明日香も食べなよ、お昼食べてないからお腹空いてるでしょ」


うんと頷き、割り箸を割って、明日香も食べ始めた。

エビマヨを口に入れた瞬間、目を輝かせる。


「これ美味しいね!今まで私が作った料理で一番美味しいよ。優は幸せ者だね」


僕は幸せ者……だよな。

少なくとも今は間違いなく幸せ者だと思う。

明日香の手料理を一緒に食べれて、最高の食べ顔を近距離で見れてるんだから――。


「「ごちそうさまでした」」


なんという満腹感。

結局二人で山のようにあったエビをほとんど食べてしまった。

運動した意味あんまないな……

明日の朝もランニングしようと決めた。


――皿洗いをしながら明日のお弁当ををどうしようかなと考える。

明日からいよいよ授業が始まる。

そうなるとお昼ご飯も必要になるのは当然と言えば当然のことだ。

うちの学校は購買もあるが、競争力も高く、死闘になることは目に見えている。

しかも毎日となると割高感は否めない。

出来る日はお弁当を作った方が節約になる。


ただ、明日香のお弁当箱が無いんだよなぁ……。

とりあえず、余ったエビマヨをおにぎりの具材にして、エビマヨおにぎりにしようかな。

おにぎりならお弁当箱無くてもアルミホイルとかでいいしね。


明日香は2階で引っ越しの荷解きをしている。

結構量があるみたいだけど大丈夫だろうか。

皿洗いも終わったことだし、手伝おうかな。


そういえば明日香が寝るお布団を出さなくては、確か2階の押し入れに合ったはず。

2階に上がり、押し入れから布団一式を取り出して、明日香の部屋となる空き部屋へ向かう。


この空き部屋は元々親父が使ってた部屋だ。

あのくそ親父今頃、一体どこでなにしてんだか。

母さんが亡くなった時、どこから噂を聞き付けたのか葬式にやってきた。

久々に会ったが前よりちょっと太っていた気がする。

帰り際に僕の頭を撫でて、


「がんばれよ」


とだけ言って行ってしまった。


正直、親父は好きでもないし嫌いでもない、普通である。

ただ、浮気をして母さんと僕を捨てて、他の人のところに行ったことは許していない。

親父がいれば母さんはあんなに苦労しなくて良かったかもしれないのに……どうしてもそう考えてしまう。


空き部屋に着き、ドアをノックする。


「明日香入るよ」


ドアノブを掴んで、開けた瞬間。


「優!?ちょっとま……」


と声が聞こえたがもう止まれなかった。

目に入ってきたのは下着類。

慌ててドアを閉め謝る。


「ごめん!明日香」


するとドアが少し開き、ちょっと頬を赤くしながらも拗ねた感じの明日香が顔を出す。


「優のえっち」


すっごい破壊力。

漫画やアニメでしか言われないようなことをリアルで言われるとは……。

ちょっと感動した。


「ごめん。お布団持ってきたって言うのと荷解き手伝おうかなと思ってきたんだけど……」


「……ありがとう。大体は終わったから大丈夫だよ。ほら」


そう言われて入ってみると、なんということでしょう。

何もなかった、ただの空き部屋が女の子の部屋になっているではありませんか。

皿洗いとお布団出すのにそこまで時間掛けてなかったんだけどな……。


「棚を組み立てるだけで、後は折り畳みとかウォークインクローゼットがあるから楽だったよ」


言われてみればそんなに手間がかかる家具は確かに無い。

ただ、家具の色合いやぬいぐるみやスティックタイプのルームフレグランス、写真立て等の小物類が所々に置いてあり、女の子っぽい部屋を演出していた。


「じゃあ、お布団ここに置いておくね。お風呂入って早く寝るんだよ」


なんか仁さんみたいな口調になっちゃったな……。


明日香の部屋から出て、自分の部屋に向かう。

今日は疲れたし、さっさと明日の準備をして早く寝よう。


欠伸あくびをしながら部屋に入り、明日使う教科書をかばんに入れて、ベッドに横になる。

シーリングライトのリモコンで電気を消して、僕は眠りについた――。


カチャと音がして目が覚める。

カーテン越しに月がうっすら見えているのでまだ夜だろう。

すると、もぞもぞと布団に何かが入ってきた。

明日香だよなぁと思いながら声をかける。


「明日香、どうしたの?」


「今日は初日だから優と一緒に寝させて。ダメ……かな?」


そんなお願いされたら、断れない。

こくんと頷き許可した。


「ありがとう優」


明日香はお風呂上がりなのだろうか、すごく暖かい気がするしシャンプーの良い香りもこちらまで漂ってくる。

同じシャンプーのはずなのになんでこうも香り方が違うかな。

本当に女の子って不思議だ。


「優、そういえば鍵閉まって無かったよ、夕方も今も」


夕方、なんで明日香が家の中にいるのかと思ったらそういうことか。

確かにお風呂入る前に確認するのを忘れていた。


普段から現金とかは財布の中に少し入れてるだけで家には置いていないし、通帳と印鑑は鍵を掛けて机の中に隠してあり、強盗が来ても子供部屋の机なんて調べるかなぁと思っていたので家の戸締まりはなあなあにしていたかもしれない。


でも、明日香も住むとなるとしっかりしないといけない。

いきなりミスってたとは……


「ごめん明日香」 


「いいのいいの、これから私も一緒に住むんだからお互い助け合わないとね。役割分担しよっか、優の得意なことと苦手なことって何?」


「料理は好きだよ。掃除が苦手かも、戸締まりもだけど」


「じゃあ、優は料理とごみ捨てお願い。私が掃除と洗濯と戸締まり担当するよ」


「洗濯は別に俺がやるよ?」


なんか明日香がニヤニヤしている、なんでだろう?


「優は本当にえっちだねぇ、私の下着そんなに洗いたいの」


「お任せします」


それ言われたら何も言い返せないよね。

にしても明日香のごはん食べれなくなるのはちょっと残念だなぁ……。

明日香クッキングというギャンブルの快感を知ってしまった以上もう戻れない。

週一くらいならギャンブルしても良いだろうか……。


「明日香、金曜日の夕飯だけ料理してくれないかな?俺が代わりに掃除やるから」


「私の料理気に入ってくれたんだ……いいよやってあげる。明日香シェフに任せなさい」


明日香は上機嫌でそう答えた。

かわいいやつめ。


こうして話していると本当に同棲しているんだなって実感する。

高校1年の男女が同じベッドの上で一夜って文字にすると、とんでもないことである。

ていうかなんだったら昨日も同じ布団で寝てるし……。


明日香だけじゃなくて僕も距離感おかしいかもしれない。

高校で友達は出来るだろうか、明日香はなんやかんや出来ると思うんだよな、かわいいし。

僕は恋以外の男子、ほとんどから明日香の件で嫌われてる感あるしな……。


でも明日香と釣り合う男って周りから思われないと、せめてクラスメイトには思って欲しい。

あの二人なら納得のカップルと……。

学校での目標はしばらくそれにしよう。

そう思って隣を見ると明日香は既に寝ていた。


今日は色々あったし疲れたもんな……。

僕も眠いや。


「おやすみ、明日香」


そう呟いて、僕は再び眠りについた。

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