第10話 高憧家にて④

医療用の帽子を被ってる状態でしか見たことが無かったため気づかなかったが未侑さんは僕が母のお見舞いに行くたびに3階のエレベーター横の談話スペースの椅子に座って中庭を見ていた人だ。


挨拶だけはしっかりしろと母に言われていたのでエレベーターから出て未侑さんにこんにちはと挨拶して母の病室の行くのが日課になっていた。


そんなことを何回か続けてるうちに未侑さんから声をかけられた。


「いつもありがとうね。君に元気に挨拶されるとおばさんも元気が貰えるよ」


そこからちょっとずつ未侑さんと会話すること機会が増えていった。


毎日のように母さんのお見舞いに来てることや1人で家事をしてることを誉められたりして、僕自身、悪い気はしなかったし未侑さんといる時間は楽しかった。


ある日、僕からも質問してみることにした。


「おばさんはいつも何を見てるの」


「あそこに女の子がいるでしょう。あの子がいっつも1人でベンチに座って悲しい顔をしててね。おばさん心配で、つい見ちゃうの」


「おばさんはあの子に元気になって欲しいの?」


「そうだね。前は笑うときもあったんだけどね。最近は見てないから見てみたいなって」


「じゃあ僕があの子を元気にするよ。多分あの子は1人でいるから寂しくて悲しいんだよ。僕も家に1人でいるときは寂しくなるけど母さんやおばさんといるときは楽しいもん。僕があの子の隣についていてあげる」


その瞬間、未侑さんの目から涙が出ていた。


「……ありがとうね」


当時の僕はなぜ未侑さんが泣いているのか分からなかったため大丈夫?と声をかけるしか出来なかった。


それから明日香と5.6回会って話した後、未侑さんは姿を消した――。


今思えば未侑さんがいなくなったのは緩和ケアの階に移動したからだったのか。


僕は明日香の笑顔を未侑さんに届けることが出来たのだろうか……出来てたらいいな。


気づくと仁さんも未来さんも涙を流していた。

今度は僕が二人にテーブルの上にあるティッシュ箱を渡す。


「有村君、改めて本当にありがとう。君のような子が明日香の彼氏になってくれて僕は嬉しいよ」


「私も君が明日香の彼氏なら全然いいよ。でもたまには私にも明日香を貸してね」


どうしよう、まだ彼氏ではないんだけど言い出しにくいなぁこの状況……

ていうか、やっぱり未来さんシスコン。


「実はね、未侑から明日香に彼氏が出来たら明日香と彼氏の二人に見せてって動画を渡されているんだ。明日香がお風呂上がったら……どうしたんだい有村君」


これは流石に見るわけにはいかない。

ちゃんと事実を言っておかないと失礼だ。

そう思って仁さんの話を遮るように手を上げた。


「あの大変言いにくいのですが、俺、明日香からの告白を保留にして貰ってるんです」


「「うちの」」

「娘に」

「妹に」

「「不満でも」」


うわぁ、すごい迫力。

取り調べの構図だったの忘れてた。

特に未来さん、目が血走ってます。怖いです。


「不満は全く無いです。明日香はかわいいし、明日香の前向きな考え方もいっぱい食べるところも大好きです。そんな明日香から告白されてすごく嬉しかったんです」


「でも、自信が持てないんです。母が亡くなって自分の価値とか生きる意味とか分からなくなってしまって……この二日間も明日香に助けられっぱなしで、今のままじゃ明日香と釣り合いが取れないなって」


「でも、明日香が目標をくれたんです。何をしていいかわからない俺に目標を。俺はその目標達成出来た時に自分から告白したいと思っています」


ふふっと隣の未来さんから笑い声がした。


「ごめんね……笑うつもりは無かったんだけど、お父さんが顔赤くしてるからさ」


仁さん……照れてる?

そんなにクサいこと言っていただろうか


……言ってるな結構クサいこと、急に恥ずかしくなってきた。

僕も顔が赤くなってきたところで仁さんが口を開いた。


「いや、あのね、僕も昔、未侑に同じようなことを言ってね。当時のことを思い出して恥ずかしくなっちゃって」


すっごい共感しちゃう。

仁さんと僕も似た者同士なんだなぁ。


「有村君が思っていることはね、割とすぐに解決すると思うよ。釣り合いなんてものは人によって違うんだ。今、有村君は天秤を想像してるかもしれないけど、もしかしたら明日香は天秤じゃ無くて板が平面に乗ってるだけかもしれない」


「そもそも有村君は僕から見ても十分好青年だし、もしも天秤にかけたとしても釣り合ってると思うよ」


「そうそう。私の大学に君みたいな子がいたらすぐ取り合いになるよ。私も明日香が告白してなかったら取ってたかもしれないし」


仁さんと未来さんがすごく誉めてくれて嬉しい……。

嬉しいがどうしてもまだ誇れる彼氏には届いていないと思ってしまう。

むむむと唸っていると、


「じゃあ、有村君に自信をつけさせる訓練をしようか」


「訓練?……ですか」


「まぁ本当はお願いでもあるんだが、ちょっと頼めるかな」


「ふぅ、いいお湯だったぁ、あれみんな目を腫らしてどうしたの」


このタイミングで明日香がお風呂から上がってきた。


仁さんが手招きして隣に座るように促した。


「明日香も来たことだし簡潔に言うとね、有村君の家に明日香を住まわせてはくれないだろうか」


「「「……………………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」」」


日が沈んだ住宅街に三人の声が響いた。


え……同棲するってこと?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る