第9話 高憧家にて③
夕飯はご飯を少なめでお願いしたのでなんとか胃袋は助かったが今度は命がピンチを迎えていた。
今、テーブルを挟んで僕の向かい側には仁さん。
僕の隣には未来さんがいる。
完全に取り調べの構図だ。
明日香は一緒に話を聞こうとしてくれていたが仁さんにお風呂を命じられて、ぶーぶー言いながらもお風呂に行ってしまった。
明日香がリビングを出た直後に僕のスマホにメッセージが入っていた。
『(明日香) 一緒にお風呂入れなくてごめんね』
本当に一緒に入るつもりだったんだあの子。
一応、再会してから二日目だからね?
距離詰める速度早すぎやしないかい、明日香さんや。
そんなことを考えていると、ゴホンと仁さんが咳払いをし、
「それじゃあ有村君、お話しを始めようか」
処刑開始の宣言がされてしまった。
「有村君」
「優君」
「「明日香を救ってくれて本当にありがとう」」
「……え?」
仁さんと未来さんから同時に頭を下げて感謝の言葉を言われて軽くパニックだ。
怒られるのではなく感謝されるとは全くの予想外だった。
「あの、お二人とも顔をあげてください。俺正直、あまりあの時のこと覚えてなくて、そこまで感謝されるようなことはしてないと思うのですが……何をしたんですか俺は」
「僕も未来も君が何をしたのかは分からないんだ。ただ明日香が言うには優のおかげで自分は生きれたって、内容までは話してくれないんだよ」
家族にまで秘密にするようなことを僕はしたのだろうか。
リンゴジュースを持っていって、中庭のベンチに座って、喋ったことは覚えている。
だがそれ以上の事をした覚えがない。
そもそもあの時なんで明日香に喋りかけたのだろうか。
当時の僕というか今もだがそんな積極的に喋りかけるタイプではない。
何かきっかけがあるはずなのだが……
「……実はね有村君、あの時の明日香は本当に生きる事を諦めていたんだ」
「それはやはり病気が原因でですか?」
「そうだね。病気もそうなんだが特に心がね。外に出れない期間が長かったり、髪の毛が抜け落ちたり、それに丁度君に合う頃、明日香の母親の
――緩和ケア。
がん患者が治すことよりも体や心のつらさ和らげたり、その家族の心のケアをしてくれる部門。
緩和ケアの階に入ると基本的に抗がん剤治療は出来なくなり、癌の進行は進むが痛みを取ることに専念することができる。
僕も母もお世話になった。
"ただ"緩和ケアに入る人達は痛みや精神的に悩まされてる人の他に抗がん剤治療の効果がほとんど無くなってしまった人が入ることがある。
母は後者だった。
あの病院では6階が緩和ケアの階で、緩和ケアの階は4人で1部屋の大部屋とは異なり、1人1人完全個室。
母が亡くなる2ヶ月前くらいに緩和ケアの階に移されて1ヶ月前に余命が僕に伝えられた。
あの時のことははっきりと覚えている。
ナースステーション横の面談室に僕だけ呼ばれ、母の余命を告げられた。
覚悟はしていたつもりだったが余命を告げられた瞬間、びっくりするくらい自然と涙が出た。
看護師さんにティッシュを渡されたが止まる気配がなく、30分もその部屋で泣いてしまった。
その後、なんとか気持ちをリセットしたつもりでいつも通りの笑顔を作り、母の病室を訪ねたが母には一瞬でばれてしまった。
「……先生、余命後どれくらいだって」
「……2ヶ月」
少しでも生きて欲しくて1ヶ月盛って伝えた。
この時既に母は家にいた頃よりも痩せていて、食事も頑張って食べてはいたが半分は残すようになっていた。
今思い返してみると、僕が盛った2ヶ月の余命は母に呪いのようなものをかけてしまったかもしれない。
こんなに辛いのに後2ヶ月も楽になれないのかと
「……そっか、じゃあ遺影用の写真撮るために家からお気に入りのあの服持ってきて、雨が降ってない日でいいからね」
母は笑いながらそう言っていた。
自分が一番苦しいはずなのに……
結局母は2ヶ月、精一杯生ききって、亡くなった。
僕と明日香は5年前に会っている。
ということは僕よりも小さい頃にこんな思いをしていたことになる。
しかも、自分自身も病気で痛みに耐え、髪まで抜け落ちて……
「あ……明日香のお母さんも癌だったんですね」
声が震えて、視界が涙でぼやける。
駄目だ、最近涙腺が緩みすぎててすぐ涙が出てしまう。
大丈夫かいと仁さんにティッシュを渡され、涙を拭きながら話を聞く。
「末期の大腸癌でね。明日香と同じ病院にいたんだ」
母さんと同じ大腸癌……
似た者同士にもほどがある。
「未侑はね、有村君のお母さんと仲が良かったみたいなんだ。それと有村君とも話したことがあるって言ってたよ」
母は3階のドンだったらしいのでそれはあまり驚かないが、僕が話している?
玄関の写真の人とは会っていないような気が……でも目元に既視感があったのはもしかして……
「あのすいません。未侑さんが病院にいた時の写真ってありますか?」
仁さんがスマホを開いて見せてくれた写真を見て点と点が繋がった。
僕は未侑さんを知っている。
明日香に声をかけた理由も未侑さんだ。
「その様子だと話したことがあるみたいだね」
「……はい、明日香と出会ったのも未侑さんのおかげです」
「未侑と何があったのか話してくれるかな」
深呼吸を1つして僕は仁さんと未来さんに未侑さんとの出来事を話し始めた。
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