第8話 高憧家にて②

苦しい……

なんだったんだあのオムライスは……

サイズ感が枕だった。

しかも、二人くらい寝れそうなサイズ。

味はとても美味しく、序盤はこれならいけるかもと思った。

しかし、残り1/3くらいから一気にきた。

食べきらなくてはという使命感と反比例する食欲。

なんとか根性で食べきったが今動くとリバースしそうな状態に陥っていた。


明日香はというとそのオムライスを圧巻の食べっぷりで一瞬で食べ終えた。

スプーンでオムライスを持ち上げた瞬間、消えているのだ。

カット&ペーストでもして胃に直接張り付けてます?ってくらいの早業はやわざだった。

あの細い身体のどこに入ったのだろうか。

美味しそうにいっぱい食べる君が好きではあるが少し恐怖である。


ちなみに小サイズと言って食べていた仁さんと未来さんの量もおかしかった。

小でも明らかに一般的な大盛り以上ある。

ああ、そういうお店みたいな感じなのね高憧家。

今度から小の半分くらいで頼むことにしよう……


――少し時間を置いたら楽になってきた。

意外と僕も大食いのセンスを持ち合わせてるかもしれない。


仁さんと未来さんはスーパーに夕飯の材料を買い出しに行った。


今、リビングには僕と明日香の二人きり、自分の家だとあんまり緊張しなかったけど、人の家だとなんか落ち着かないなぁ等と考えていると、明日香が不思議そうにこちらを見ていた。


「優ってさ、普段家でなにしてるの?さっきから見てるけどスマホとかいじる素振りもないし、お腹さすってぼーっとしてるだけだから気になっちゃって」


「家事してることが多いけど、空いてる時間はぼーっとしてるかも」


母が亡くなってからは特にその傾向が強いかもしれない。

何をするにしても唐突に虚無感に襲われる。

母が生きていた頃は何をしていてもそういうことは無かったのだが、現在は何をしてるんだ俺はという思考に陥ってしまう。

人は1人では生きられないとはよく言ったものである。


「うーん。じゃあ好きなこととか趣味とかはなんかない」


「ゲームとか漫画とか……あとは体を動かすことが好きかな」

 

「あら、優ってば大胆……そういうのはもう少し進展してからにしようね」


違うそうじゃない。

この子は本当に……


「体を動かすってスポーツの事だからね。一応さ、俺も男だからそういうからかい方されると困るといいますか……」


明日香はふふっと笑って見せた。


「別にからかってるつもりはないんだけどなぁ、彼氏彼女の関係なら後々のちのち……ね」


どくんと心臓が脈を打つ。

付き合うということはいつかはそういうことをする訳であり……

妙に意識してしまった。


「でも、今はまだ優の彼女でもないからなぁ」


明日香が口を尖らせて皮肉じみた事を言う。

ご期待に添えるように頑張りますよ……


とりあえず我が家に帰ったら、ランニングと筋トレを始めよう。

高憧家に滞在する二日間で体重が増えることはほぼ間違いないだろうし、最近、家でぼーっとしてるばかりで運動不足だったのは間違いない。

これが明日香の誇れる彼氏に近づくのかは分からないが何もしないよりはマシだろう。


「まだお父さん達帰ってこないだろうし、とりあえず私の部屋行こうか。漫画もゲームもあるし」


「え?ちょっ……」


強引に手を引かれて2階へと連れていかれる。

地味に初めて手を繋いだ。

手汗とか大丈夫だろうか。


それにしても明日香の手、結構小さくて柔らかい。

やはり明日香も女の子なんだなと改めて思う。


「はい、ここが私の部屋、入って入って」


「お邪魔します」


白を基調とした部屋は整理整頓が行き届いており、テーブル、テレビ、本棚、ベッドにクローゼットと基本的な家具が揃っている。

ベッドの上にはぬいぐるみが置いてあり、ザ女の子の部屋という印象だ。


「優、漫画とゲームどっちにする?」


「とりあえずゲームにしようかな」


「おっけー、じゃあ1VS1で銃で撃ちあうゲームにしようか」


「俺こういうのめちゃくちゃ下手だよ。エイム?だっけ照準がうまく合わせられないんだよね」


「大丈夫、大丈夫。私もめちゃくちゃ下手っぴだから。私の下手さを思い知るがいい」


ふふんと腰に手を当て胸を張る明日香。

なんで下手なことを威張ってるのこの子。


「まぁ、優はとりあえずそのクッションに座ってあぐらかいて」


よっこいせとクッションに座る。


あれ?でもクッション1つしかないぞと思った瞬間、明日香は僕があぐらをかいて出来た足の間のスペースに座った。


「なかなか良い座り心地ですな」


近い近い色々近すぎる。

髪の毛の香りが鼻腔びこうをくすぐる。

めっちゃ良い匂いする。

なんで女の子ってこんな香りを出せるんだろう、蜜に誘われるカブトムシの気分になる。


「あの、明日香さんどこからコントローラー持てばいいですかね」


「そりゃ、私の脇腹辺りから手を出してお腹の前くらいで持てば良いんじゃない」


小悪魔の顔をして明日香はそう言った。

こいつめ……

人が集中できないようにわざとこんな罠を仕掛けたな、見てろよ絶対負かしたる。


こうして戦いは火蓋を切った。


――勝者、優

テレビ画面にでかでかと表示される僕のアバター

激闘をなんとか制した。

泥試合も泥試合。

二人とも全く当たらない弾丸。

痺れを切らして近接での殴り合いとなり、最後は僕があさっての方向に投げた手榴弾が木に当たって明日香の元で爆発し撃破。

こういうゲームで勝てたのは初めてのことだったので喜びをつい噛み締めていた。


「ウレシソウデスネ」


明らかにムッスーとしてる明日香。

不貞腐ふてくされてる顔もよきかなよきかな


「たまたま勝てただけだから」


謙遜けんそんする言葉とは裏腹に表情筋が緩む、だ……駄目だ笑うな僕。


「きーっ、むかつく、次やる時は絶対負けないからね。今度やる時は私の前に座らせて胸でも押し付けてやろうかな」


明日香さんそれはずるい。

でもやってくれるならやってほしいです。

恐らく試合には負けるけど勝負に勝った気分を味わうことになりそう。


そんなやり取りをしてると、コンコンと音がして、ドアが開いた。


「そろそろご飯……って、あらあら、そんなに体密着させて、そこまで仲良かったの」


未来さんがこちらを見てニヤニヤしている。


「お邪魔しちゃったね。もうちょっとでご飯だから降りてきてね」


バタンとドアが締まり、ドアの外からお父さーんと未来さんの声がする。


ああ、未来さんまじ勘弁してください。


仁さんにそのうち殺されるって……


――夕飯を食べ終え、仁さんが口を開く。


「有村君、ちょっとお話があるんだけど」


はい、終わった。

母さん、やっぱり僕は今日そちらに行くことになりそうです。

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