第3話 涙で濡れたスカート③
会って喋っていた?
母さんが?
あの病院では子供は2階で大人は3階以上の階層と決まっている。
母は3階で階層が違うはずなのに……何故だろうか。
「優さ、りんごジュースを恵美さんのところにいつも届けてから私に会いに来てたでしょ。恵美さん、息子の様子が違うから窓からこっそり見てたんだって。」
「それで優が帰った後、恵美さんが中庭に来てよく喋ってたんだ。あ、内容は秘密だよ」
人差し指を口元に当てて、彼女はそう言ってみせた。
あざとかわいい。
「最後はなんで優しくしてくれるの?初対面なのにだっけ」
ちょっと意地悪そうな顔をしている。
まだ気付かなかった事を根に持ってるな……
そう思いながらも僕はうん、と首を縦に振った。
「心配だったんだよね。久々に会ったらこの顔色だし、恵美さん亡くなったのも知ってたから」
「そっか……ありがとう。でも、なんで母さんが亡くなった事知ってたの?」
「私、何度か恵美さんの病室にも行ってたんだ。その時はその階のナースステーションにいる看護師さんに許可貰って、それで先月、その階の看護師さんから連絡を貰って恵美さんが私に会いたがってるって」
初耳だ。
そして思ったよりも彼女と母さんは仲が良かったんだ。
「それですぐに会いに行って、いつも通り話してたんだけど、最後に私はもう長くないから亡くなったら連絡行くように看護師さんに頼んでおくねって」
「……そうだったんだ。ありがとうね。母さんと仲良くしてくれて。母さん病院じゃあんまり話す人いなさそうだったから嬉しかったと思う。」
「え?恵美さんめっちゃ友達多かったよ」
へ?
「3階のほとんどの人と友達だったみたいだし、結構長く、あの病院にいたみたいだから3階のドンって言われてたよ」
これまた初耳である。
3階のドン……もうあの病院行くことはないだろうけど恥ずかしくてあんま行きたくないな。
「あ、そうだ。私も優にして欲しいことが3つある」
「1つ目、君じゃなくて明日香って呼んで、初対面じゃないのに初対面って言った罰ゲーム、ほら言ってみて」
いきなり名前呼びはハードルが高い。
まともに同級生と喋ったことすらないのに……
しかし、従うしかないので僕は観念して呼ぶことにした。
「……あ、明日香」
明日香は何やら満足そうに頷いてる。
かわいい。
「2つ目、私のことどう思う」
「どう思うって……」
「今日、見て思ったまんまのことを答えてね」
うーん。
ここでお世辞のような事を言うのは違う気がする。
明日香は僕の質問にちゃんと答えてくれたし、僕も正直に答えることにした。
「まず、まだ誰も知らないクラスメイトの前で告白する強いメンタルの持ち主」
「うんうん。死ぬことより怖いことなんて無いからね。みんなの前で告白なんて病気を乗り越えた私には余裕だったよ」
ちょっと耳が赤くなってる気がするが気のせいか。
「後、いきなり男の家に入る無鉄砲さ」
「それ誉めてる?誉めてないよね。」
別に誉めろとは言ってないでしょうが。
「他には、膝枕しながら話を聞いてくれる優しさと包容力」
「そうでしょそうでしょ。おかげでスカート濡れちゃったよ。優にマーキングされちゃった」
言い方……
女の子なんだから下品な言い方しないの、ていうか涙で濡らしたのもマーキングなるんかね。
「他には、他にはないの?」
彼女が目を輝かせながら聞いてくる。
すごく言いづらいが言うしかないか。
「かわいい。ものすごく。髪型も似合ってる」
んふーと満足そうな明日香。
さてはこれを言わせたかったんだな。
「じゃあ3つ目なんだけど、その前に質問、優は今自分の生きてる意味とか目標とかが無くてそんなやる気も生気も無い状態なの?」
鋭い。
そんなに分かりやすいかな僕。
「分かるよ。恵美さんが入院しているとき毎日のように病院来てたし、恵美さんが急にいなくなってその日課が無くなって……喪失感とかすごいでしょ」
「明日香はなんでもお見通しだね……。正にその通りだよ。今まで僕は母さんを支える事が全てだった。母さんがいなくなって、正直何をしていいか分からないんだ」
やばいこれはまた……
「高校を卒業して、安定した職に就いて母さんを楽させてあげたかった……それなの……に、あ、れ……」
また涙が出てきてしまった。
情けない。
「大丈夫。私がいるから」
やめてくれ。
「優はさ、疲れているんだよ。心も体も」
だからやめてくれ。
涙が止まらなくなる。
「全部吐き出しちゃって」
もうダメだった。
限界だった。
僕は
「頑張ったんだよ俺。母さんのために」
「そうだね優は頑張ったね」
「全然嫌じゃなかった。母さんのためなら、母さんを支える事が俺が生きてる意味だと思ってた。」
「でも母さんはいなくなって、俺だけが生きてる。俺だけが生きてたって何も価値なんて無いのに」
「それは違うよ、優」
明日香に否定された。
「優は私を救ってくれた。優が私を生きさせてくれたんだよ。」
「あの時、優が中庭に来て、りんごジュースを持ってきて私を励ましてくれた。励まし続けてくれた。そのおかげで私は今ここにいるんだよ」
「だから今度は私が優を救う番」
「優、3つ目のお願い。私が誇れる彼氏になって」
「それがしばらくの間の優の目標だよ」
明日香は目標をくれた。
壊れかけの僕に生きる意味を――。
僕が泣き止んで明日香のスカートが乾くのを待ってから、明日香は家に帰る事になった。
「あ、そうだ優。このメッセージアプリやってる?私の連絡先追加して」
玄関で明日香がメッセージアプリの連絡先を差し出してきた。
母さんと病院以外で初めての連絡先だ。
早速追加するとメッセージが来た。
『(明日香) 優、よろしくね』
『(優) よろしく、明日香』
『(明日香) さっき気付いたんだけどさ』
『(明日香) 優って感情的になると一人称が俺になるんだね。俺の方が男らしくて格好いいよ』
ニヤニヤしながら明日香がこちらを見ていた。
やだ恥ずかしい。
目の前にいるんだから口で言えばいいのに、
「じゃあまた明日ね」
「う、うん?……え?」
急な約束に戸惑っていると、
「だって私、優の彼女だよ。一緒に学校行こ」
「俺、明日香の彼女じゃないよ」
今度は明日香が涙目になってあわあわしだす。
「まだ明日香が誇れる彼氏じゃないもん俺」
そう言うと明日香はふふっと笑って、
「じゃあ期待してるよ未来の彼氏」
「でも明日、迎えに来るからね」
そう言うと明日香は帰っていった。
にしても同じ高校になるなんてなぁ。
病院から近い高校だし、可能性は無くはないがこの辺りは高校結構多いんだけどな。
「あ……」
ふと思い出したことがありメッセージアプリを開く。
『(優) 1つ伝え忘れた』
『(明日香) なになに?』
『(優) 帽子着けたままだったけど取らなくていいの?』
『(明日香) はよ言え😠』
こうして色々あった入学式当日は終わった。
これから一体どんな生活になるのだろうか。
朝よりもほんのちょっとだけ楽しみになった。
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