第6話 誕生日プレゼント

 あれから色々話し合った結果。

 家に帰れない氷翠ひすいのために、ショッピングモールで時間を潰すことになった。


 そこで問題になってくるのがお金のことなのだが、かかったお金はあとで返してくれるとのことなので、その言葉を信じて俺は少し多めに持っていくことにしたのだった。





◇ □ ◇ □ ◇





 しばらく電車に揺られてから歩き、数十分かけて目的地までやってきた。

 彼女の要望で何故かすることになった恋人繋ぎを継続したまま。


「さすがに恥ずいし、そろそろ離していい?」

「だめ」

「なんでだよ……」


 映画館とゲームセンターの近くというのもあってか、結構人が周りには集まっていた。

 そんな中で、別に意識して見られているわけではないだろうが視線を向けられるのが結構辛かったりする。


「まぁ、気にしないでおこうよ」

「無理だろ」


 何度も言うようだけど、氷翠ひすいは本当に整った容姿をした女の子なのだ。

 とにかくこうして、傍から見ればイチャイチャしているような雰囲気を出すのは精神が削られる。


 正直、恥ずかしいというより照れの気持ちが勝ってしまっているような気がしなくもないが。


「あ、あのクレーンゲームやりたい」


 彼女が指を指した方向にあったのは、可愛らしいくまのぬいぐるみだった。

 結構大きく、両手で抱えれる程度のサイズはあるようだ。


「……じゃあ、クレーンゲームのプロが取ってあげましょうか」

「自称でしょ」


 そう彼女は笑いながらツッコんで、続けて俺が渡した100円を躊躇なく機械に入れた。


「自分で取るから大丈夫ですー!」

「嫌な予感がするのは俺だけ?」

「私は一発で行ける気がする」

「ほんとかな……」


 とにかく不安でしかないが、まあ氷翠ひすいがやりたいというのだから止めるようなことはしないけど。

 下手な人がやってハマってしまえば、お金なんかあっという間に消え去ってしまう。それが怖いところなのだが。


 ハラハラしながら俺はアームの先に視点を移した。


「……あれ?」

「よしっ、いい感じ……!」


 実力なのかまぐれなのかはわからないが、なんと一発でくまの腕とからだの間にアームが刺さり、いい感じに持ち上がった。

 そのまま上がり切る前に落下したが、その反動で見事に穴に入ってしまった。


「ほらね。私が今までどれだけクレーンゲームでお金使ってきたか知ってるの?」

「あ、すみませんでした」


 どうやら氷翠ひすいもクレーンゲームには慣れているようで。

 財布の心配をする必要はなさそうだ。


 そんな感じで、お金のことばかり考えて財布と睨み合っていたら。


「……はい」

「え?」


 今さっき彼女が取ったはずのくまのぬいぐるみを、氷翠ひすいは差し出してきたのだった。


 意味不明な行動に、俺は一瞬困惑した。


「あっ、えっと……。ど、どうぞ……?」

「……え、なんで……?」

「いや、その……。今日誕生日って聞いたから……」

「……あぁ――――、」


 その言葉を聞いて、俺は素直に嬉しいと思ってしまった。

 まさか異性から誕生日プレゼントをもらえる日が来るなんて。しかも美少女からの。


「…………そっか。ありがとう」

「うん。……って、まだ私お金払ってないから伊織いおりが取ったみたいなものだけどね」


 彼女はごめん、と顔の前で手を合わせながら、照れているような可愛らしい表情を浮かべた。


「……でも、嬉しいもんは嬉しいよ」


 そう言うと、氷翠ひすいも嬉しそうにしながら、いつの間にか離されていた手が再び繋がれた。


「っ…………」


 別に嫌とは思わないので抵抗はしないが。

 顔を真っ赤にして視線を合わせようとしてくれない彼女が、何を考えてこんな行動を取っているかだけは、すごく気になったのだった。






 そういえば、氷翠ひすいの苦手意識が少しずつ薄れていっているような感じがするのは気の所為なのだろうか。

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家に帰れなくなった美少女を泊めてあげたら、距離感がバグった話 よるくらげ。 @Lonely_RatsuH_

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