第5話 起きたら美少女とベッドにいました

「起きてーっ! 朝ですよっ!」


 そんな元気の良い女の子の声を聞いて、俺は目を覚ました。

 机で寝ていたはずなのに。何故か最初に目に入ったのは天井だった。


「…………え?」


 しばらく言葉が出ないぐらいには、驚いた。


 俺が寝転ぶベッドの隣では、制服姿の氷翠ひすいが笑顔で俺の顔を覗き込むような体制で立っている。

 視線に気付いたのか、彼女はニコッと天使のような笑みを浮かべた。


「えっ、? えぇ……?」

「んー? どうしたの?」


 なんてわざとらしく言いながら、氷翠ひすいは意地悪をする子供のように笑った。


 なんのことで困惑しているのか絶対に気付いてるだろ、こいつ。


「俺机で寝てたよな……?」

「いやいや、一緒に寝たじゃん。すごく素直にベッドに入ってきてくれたし」

「嘘だ」

「気持ちよさそうに寝てたし……」

「……お願いだから本当のことを話してください」


 昨日は眠たすぎたというのもあってか、あまりハッキリと記憶がない。

 なのでもし彼女が言っていることが本当なら、まあやらかしたことになる。


 どうせなら、人生で初めて美少女と同じベッドで寝るのだから記憶ぐらい残っててほしかったと後悔も少ししている。


「まあ、全部嘘なんだけどね」

「……いや、知ってたけど。なんかものすごい安心感を感じたわ」


 同時にちょっと残念だったけど、もちろんそんなこと口にはしない。


「で、なんで俺ここで寝てるの?」

「いや、さすがに机で寝るのはどうなのかなって思ったから、無理やり引っ張ってきた」

「いつ」

「私が起きてから」

「……あ、そうなんですか。ありがとうございます」


 案外力持ちなんですね。

 なんて思いながら俺はそうお礼を言って、窓の外に視線を移した。

 昨日ほど強くはないが、まだ雨は降っているようだった。


「そういえば、お前のお母さんいつ帰ってくんの?」

「明日」

「……え? 今日じゃなくて?」

「んー、正直言えば微妙かな。でも少なくとも夜にはなると思う」

「まじかよ……」


 まさか、帰ってくるのが今日じゃない可能性があるなんて。

 さすがにそれは予想外だった。


 そういえば昨日氷翠ひすいは、今日帰ってこないと言っていただけで、明日なら帰ってくるとは一言も言っていない。


 別に、慣れたというのもあってか泊めるのには抵抗をあまり感じなくなったけど、今日問題なのは気持ちとかじゃない。


「俺のお父さん今日帰ってくるんだけど……」


 そう。問題なのは、親が帰ってくるということだったのだ。


 親に黙って女の子を家に泊めたなんて知られたら、まず説教は避けられないだろう。

 そうなれば面倒だ。


 だが、じゃあどうするのかという話になる。

 今日は土曜日というのもあって、学校が無いので普段通りなら家でいる時間が増えるはずの日なのだ。


「じゃあ私、さすがに帰ろうかな。ずっといると迷惑だろうし……」


 ちょっとだけ寂しそうに微笑んで、すっとその場に立ち上がった。


 しかし俺は、帰ろうとする彼女の姿を見て、思わず引き留めてしまった。


「待って!」

「……ん、?」


 苦手な人が帰ってくれるのはありがたい。

 でも、帰る場所がないのに家を追い出すのはやっぱりダメな気がする。


 だから。


「一緒に出かけない?」


 外で誰かと遊ぶだけなら、親にバレる心配もしなくていいだろう。

 我ながら良いアイデアだと思った。


「……うん。いきたい」


 氷翠ひすいは嬉しそうにはにかみながら、俺から視線を逸らして返事をした。


「…………おっけ」


 その答えを聞いて、俺は内心ホッとしていた。


 もしかすると心のどこかで、もう少し彼女と一緒にいたいと思っていたから思わずそんなことを提案したのではないのだろうか。

 なんて考えたりもしたのだった。


 そんなことはないだろうけどね。

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