第4話 どこで寝る?

 妙にテンションの高い氷翠ひすいのことなので、どうせそんなことを言い出すのだろうと考えていた。

 予想通りだ。


 そのおかげか、俺は驚きはしたが声の調子一つ変えずに言葉を返すことが出来た。


「あ、ごめんなさい」

「えー、断るんだ。この美少女の私が誘ってあげてるというのに……」

「うわぁ……。さすがにキツいわ、それ……」

「……冗談じゃん。突っ込んでよ」

「普通にマジだと思った」


 ノリが悪いなー、なんて彼女は笑いながら言うが、まあ確かに顔だけなら良いので嘘では無いとは思うけども。


 もうちょっと他人を気遣えて大人しければ惚れていたかもしれないので、助かっているといえばそうなのだが。


「じゃあ寝ますかぁ……」


 歯磨きなどを済ませて俺のベッドに腰を降ろした氷翠ひすいは、続けて当たり前のことをするように何の迷いもなく寝転んだ。


 今までほとんど喋ったことの無かった仲なんだから、せめてちょっとぐらい躊躇ってくれとは思ったが、どうせ口にしても意味がない。

 モヤモヤする気持ちを抑えて、俺は言葉を飲み込んだ。


「ほら、おいで」


 少し間を開けてから、彼女は犬を呼ぶときのようにベッドを軽く叩きながら俺のことを呼んだ。


「いや、俺机で寝るからいいよ」


 そう言って俺は、椅子に座ってから勉強机に体を預けた。


 痛いところはあるけど、そこまで寝心地が悪いというわけでもない。

 目を瞑ればそのまま寝てしまえそうな気がした。


「じゃあ、おやすみ」

「えっ。ちょっとまってよ……!」


 ちょうど睡魔が襲ってきて寝れそうになったというのに、氷翠ひすいは突然少し大きめの声を出した。


「いやっ、その……。体痛いでしょ? だから一緒に寝……」

「……いいって」


 しつこいせいで、反射的に思わず強く返してしまった。

 一瞬焦ったが、構わず俺は続ける。


「……なんで好きでもない相手にそんなことすんの? どうせ一緒に寝たいとか本気で思ってないくせに。辞めてほしい、そういうの」

「え……?」


 実はこれは家に入れてあげてしばらくしてから、ずっとひっかかっていたことなのだ。

 異性の家に泊まれてテンションがあがるのはわからないこともないけど、明らかに行動と言動がおかしい。

 好きでもない相手に、勘違いさせるようなことは辞めてほしいのだ。

 俺でも一応は、気にしてしまうのに。


「それは……」


 そう氷翠ひすいがなにか言いかけてから、沈黙の時間が流れた。

 部屋が真っ暗だからというのもあってか、雨の音が余計に大きくなって聞こえるような気がする。


 しばらくして、彼女は体を起こしてから覚悟を決めるように深呼吸した。

 それから、ゆっくりと口を開く。


「好きだから……、なのかどうかってまだハッキリは言えないけど、今はただ一緒に寝たいだけ。これはほんと」

「ふーん。まあ、もしそれが本当だとしても俺は机で寝るけどね。せっかく泊まるんだから気持ちよく寝れた方がいいでしょ」


 もちろん、氷翠ひすいのことが嫌いすぎて一緒に寝るのが嫌とかではなく、美少女と同じベッドで寝るとか絶対に精神が持たないと思うからだけど。


「でも……」

「まあ俺のことは気にしなくていいから。とりあえずおやすみ」


 だんだんとしつこい彼女が面倒になってきて、俺は話を切り上げるとそのまま目をつぶった。


「…………そっか。ごめん。……おやすみ……」


 何度も断ったところでようやく諦めてくれたのか、ちょっと震えた悲しそうな声で氷翠ひすいはそう呟いた。


 せっかく俺のことも考えてくれていたというのに、断るのはちょっと罪悪感が湧いた。

 ここが俺の家だからとか関係なく、シンプルに心配してくれたのは嬉しかったのだ。


 もう完全に意識が飛びそうだから今はしないけど、明日になってから謝るぐらいしておこうかな。


 なんて考えたときに、ちょうど。

 聞こえるか聞こえないかのギリギリの声量で、氷翠ひすいは言葉を口にした。


「……どうして上手く伝わらないかなぁ」


 やっぱり言葉に出すのが一番なのかな。

 彼女がそう呟いたのを聞いたぐらいに、俺の意識は暗闇の中へと沈んでいったのだった。

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