第3話 停電したから

 ほんの一瞬だけ、窓から見える夜の景色が明るく照らされた。

 続けてドォォンという、耳の奥に直接叩きつけられるような鈍い音が鳴り響く。


 もちろん夜中の大雨の中、花火が上がっているわけではない。


「雷も鳴り始めたね」


 氷翠ひすいが呟いたように、どうやらそのようだった。

 別に雷が苦手というわけでもないので鳴っているぶんには問題は無いが。


「停電とかしたら嫌だな……」

「大丈夫だって。停電したらそのときは私が守ってあげるよ」

「停電したら寝るぞ」

「つまんないのー」


 なんて笑いながら言った彼女は、コントローラーを素早く操作して襲ってきたゾンビを次々と倒していく。


 氷翠ひすいのお願いで二時間ほど前からゲームを一緒にすることになったのだが、案外飲み込みが早いようで。

 ただゾンビを倒しまくるだけの単純なゲームだからか、俺の最高記録のスコアをも抜かれそうなのがちょっと悔しい。


「ふぅー、やっぱこういうゲームすると熱くなるねぇ……。私も買おうかな。ハマったかもだし」

「……いいと思います」

「もし買ったらネット対戦しようよ」

「お断りします」


 案外話しやすかったとはいえ、苦手意識が完全に無くなったわけではない。

 そんな相手とわざわざ繋がってゲームをするなんて御免だ。


「えー。ほんとはやりたいと思ってるくせにっ」


 氷翠ひすいは肘で俺のお腹を軽く突っつきながら、ニヤッとからかうような笑みを見せた。


 その瞬間。


 視界が暗転した。

 突然部屋が真っ暗になり、辺りが何も見えなくなったのだった。


「……停電か。まじかよ……」


 俺はそう呟いてから、手元に唯一光ったまま残ったゲーム機を彼女の方に向けてみた。


 氷翠ひすいはびっくりしたのか、胸に手を当てて動きが硬直している。


「……真っ暗なの怖いんだ? ふぅーん?」


 なんとなくからかってみたくなって、煽るような口調で俺はそう尋ねてみる。


「べっ、別に? びっくりしただけだよ」


 明らかに強がっているような、そんな声が返ってきた。


「嘘だ」

「ほんとうだから」


 そう言いながら、彼女は不機嫌そうに頬を膨らませた。


「……おもんな」

「あー、そっか。私のこと抱きしめたかったんだ?」

「なんでそうなるんだよ」


 氷翠ひすいは本当にびっくりしただけのようで、話してみると全然怖がっている様子もない。

 まあ逆に、高校生にもなって真っ暗なのが苦手とかいう人間だったとしても、個人的には受け付けていないので、この方がありがたいのだが。


 ていうか、事故とかの相当なトラウマがあるわけじゃないのに真っ暗が怖いって言ってる高校生はイタい気がする。

 雷も同様に。


 まあ考え方とか感じ方なんか人それぞれだけども。


「ねぇ伊織いおり、やっぱりかみなりこわいよーーーー!」


 そう言いながら、先程まで何も言っていなかった氷翠ひすいはどさくさに紛れるように俺に抱きついてきた。

 座っている位置は変えず、上半身だけこちらがわに寄せるようにして。


「絶対怖いとか思ってないだろお前」

「あ、バレた?」


 彼女が笑って体を起こしたとき、ちょうど俺はいいことを思いついた。


「…………あぁ。そっか! 怖いんだね! じゃあ早く寝ようか!」


 ゲームをしたりご飯を食べたりして、気付けばもう11時すぎ。

 別に寝るのが早すぎる時間でもない。


 彼女といると寝るタイミングを失いそうだと思った俺は、このチャンスをうまく使って寝ることを提案してみた。

 すると予想外なことに、氷翠ひすいは案外素直にその提案を受け入れてくれた。


「……はーい。まあ今日ぐらい早く寝るのもありかも」


 ただ、そこで素直に寝てくれば可愛かったのだが。

 彼女は相変わらず弾んだ声で、余計なことを付け足してきたのだった。


「その代わり、一緒に寝よ?」

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