第2話 苦手な美少女

 なんで女の子家に連れ込んだんだろう。


 今更ながら、俺は後悔していた。

 普通の友達ならまだしも、苦手な相手とわざわざコミュニケーションなんて取りたくないのに。


「あのさ……、さすがに濡れたまま寝転ばれると困るんですけど」


 俺は呆れたように彼女にそう言った。

 なんとお風呂から上がったばかりの氷翠ひすいは、髪の毛も乾かさずに俺のベッドに寝転んでいたのだ。


 普通、あまり喋ったこともない異性の家に初めて行って、こんなことができるのだろうか。


「んー……」

「……雨やんだらすぐに帰れよ」

「えー、どうしよっかなー」


 彼女は一応俺の注意はきいているのか、体を起こしてから悩むような素振りを見せた。

 いちいち行動がわざとらしい。


「泣き叫んでも追い出すから覚悟しとけ」

「こわっ。でもまあ、雨がやむことはなさそうだけどね」


 そう言いながら氷翠ひすいは、いつの間にか開いていた天気予報の画面が映ったスマホをこちらに向けた。

 予報では、明日の朝まで雨が続くと表示されている。


「……最悪」

「いやぁ、ほんとごめんね。服も借りちゃったし」


 少し彼女には大きめのサイズだった俺のパジャマを、氷翠ひすいは大事そうに見つめながら言った。


 顔だけはいいので、俺の服を美少女が着ていると考えれば悪い気はしないのだが。


「お礼にハグしてあげようか?」

「遠慮しときます」


 真顔で漫画に視線を固定したまま断ると、彼女はむっとしたように言葉を続けた。


「……照れちゃってんのかぁ」


 ちょっとイラッとして氷翠ひすいに目を向けると、明らかに彼女の方が照れているようで思わず笑いそうになった。


「顔真っ赤にしてるやつに言われたくはないね」

「うっさいな……。言うの結構勇気いるんだよ」

「じゃあ言うなよ」

「やだなぁ。お礼だよ、お礼。なんにもないときにそんなこと言うわけないじゃん」


 宝石と見間違えそうなほど綺麗な目と、目線があった。

 すると彼女はニヤッと笑う。


「なに考えてるのかな?」

「早く雨がやめばいいのに」

「女の子と二人きりなんだからさぁ。もうちょっとなんかいい答えあったでしょ」

「これが本音です」

「家来ないかって提案したのそっちじゃん」

「後悔してます」


 まさかここまでうるさいやつだとも思っていなかったので、今はただただ迷惑にしか思えない。

 だからと言って一人でリビングに放置したりしても、何をしだすかわからないのが氷翠ひすいの怖いところだ。


「…………まあ、その……、ありがとう……」


 一瞬静かになったかと思えば、突然そんな感謝の言葉を述べた始めた。

 あの氷翠ひすいが。


「そんな驚いた顔しなくてもいいでしょ……」


 どうやら顔にも出ていたようで、ちょっと悲しそうに彼女は目を逸らした。


「いや、ちょっと感動しただけ」


 学校ではありがとうの一言すら言っているのも聞いたことがないというのに。


 普段の行動とかからしても、常識外れすぎる人物だと思って今まで関わってこなかったが。

 割と会話をしてみれば話しやすいし、今まで外見だけで敬遠してきた自分が馬鹿らしく感じてきた。


「おんなじようなものじゃん」


 なんて笑いながら、氷翠ひすいは再びベッドに寝ころんだ。


「あぁぁぁっ! ちょっと、せめて髪の毛乾かしてからにしろよ!」


 別に口に出していた訳ではないが、今の一瞬だけでさっきまで考えていたこと全て撤回したいと思ったのだった。

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