家に帰れなくなった美少女を泊めてあげたら、距離感がバグった話

よるくらげ。

第1話 びしょ濡れの女の子

 当たり前のようにやってくる放課後。

 その日は珍しく大雨だった。


 雨が地面に叩きつけられる音だけが、止む気配を見せずに絶え間なく耳に飛び込んでくる。


 そんな中、傘をさして家の前まで帰ってきた俺は、雨具も何も身に付けずに突っ立っている女の子がいることに気が付いた。

 視界が悪い中目を凝らしてみると、女の子は同じクラスの氷翠ひすいだということがわかった。


 肩ぐらいまで伸ばされた綺麗な髪と制服が、雨で塗れて体に引っ付いている。


「…………」


 無心で立っているその姿を見て、なにか合ったのだろうと察しはついたが、実は俺は彼女は苦手なのだ。

 なので声をかけることができずに、俺はそのまま家に入っていったのだった。





◇ □ ◇ □ ◇






 部屋に戻った俺はすぐにスマホの電源をつけた。

 続けてベッドに寝転んでみたが、どうしても彼女のことが気になって仕方がない。


 だって、こんな大雨の中一人で傘も持たずに立っているのだ。

 なにかあったのではないかと、どうしても考えてしまう。


 なんとなく女の子のことをじっと見つめるようなことはしたくなかったが、我慢が出来なくなった俺は少し開けた窓から顔を覗かせてみることに。

 さすがにまだ立ったままいるとは思っていないけど、外の様子を確認しないと落ち着かないような感じがしたからだ。


「え……、まだいるじゃん……」


 思わずそう呟いてしまう程度には、驚いた。


 どうして家に入らないのだろうか。

 目の前が彼女の家だというのに。


「なんかあったのかな……。聞くだけきいてみよっと」


 やはりこういうのは、一度気になりだすと止まらないものだ。

 俺は彼女のことを心配するという名目で、好奇心を満たすために外へ向かったのだった。





「……家の鍵、なくした……」


 隣の家に住む、美少女である氷翠ひすいに家に帰らない理由を尋ねてみると、そんな返事が返ってきたのだった。


「あぁ……、なるほど……?」


 家に帰らないのではなく、ようで。


 一応理由には納得はしたものの、傘すら持たずに立っているのはどうかと思うのだが。


「雨具は……?」

「学校に忘れた」

「校舎出る前に取りに帰れよ」

「帰りだから別にいいかと思ってたのよ……」


 ちょっとむくれるように言った彼女を見て、濡れているからというのもあるのか、一瞬色気を感じてしまった。

 慌てて視線を逸らして俺は言葉を続けた。


「……せめて雨の当たらないところでいたらいいじゃん」

「いや、まあそうなんだけど……。もう濡れてるからいい」

「あっそ……」


 相変わらず、氷翠ひすいは何を考えているのかわからないような喋り方とか表情をする。

 正直会話を続けにくい。


「うーん……」


 ……もう知りたかったことは聞いたし帰ろうかな。


 ちょうど、そう考えたとき。

 ほんの短い時間だけだったが、彼女が暗い表情を見せた。


「え……、」


 いつも割りと強気で、笑顔が多い氷翠ひすいがそんな顔をすることがあるなんて。

 相当ち落ち込んでいるのだろうなと思わせるような、そんな表情をしていた。


「…………はぁ、」


 さすがに困っているのに気付いていて、見過ごすことが出来るほど俺はクズじゃない。


「はい」


 一言そう口にして、俺は手に持っていた傘を彼女に差し出した。


「親か誰か帰ってくるまで貸とく」

「え……?」

「あとでちゃんと返せよな」


 それだけ言い残して早く部屋に戻ろうと足を進めはじめると、氷翠ひすいが声を出して俺のことを引き止めた。


「あっ……、待って!」

「……なに」

「いや、その……。貸してもらってからだと言いにくいんだけどさ」

「うん」

「今日一日中誰も帰ってこないんだよね……」


 貼り付けただけのような笑顔を向けて、彼女は言った。

 非常に申し訳無さそうに。


「まじかよ」

「まじまじ」

「鍵どこで落としたかとかも覚えてない感じ?」

「もちろん」


 氷翠ひすいは何故かドヤ顔で言う。

 全然ドヤるところじゃないだろ、とはわざわざ突っ込まず、俺はいい方法はなにかないかと考えた。


 少し時間が経ってから、そういえば俺の家にも今日は親が帰ってこないことを思い出した。


「……じゃあさ、せめて雨やむまでウチ来る?」


 苦手なタイプの彼女と二人きりになるのは内心嫌だと思ったが、まあ困っている人を放置して罪悪感感じるよりはマシだろうと思って提案してみる。

 すると、パアッと表情を明るくした氷翠ひすいは、とびっきりの笑顔を見せて頷いた。


「行くっ!」

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