第三章 騙された

 何も感じない。痛みも。苦しみも。

 僕はこの死神に魂を取られたのか。

 どうなっているのかがよく分からなかった。

 でも、さっきと変わったことが何もないような……。

 一体どういうことなのか……。

 僕は目をゆっくりと開いた。

 目の前にはさっきの死神だ。こちらを見ながら微笑んでいる。

 「なーんてね」

 死神は僕に微笑みながらそう言った。

 「え?何が……?」

 「残念でした〜。悪魔君」

 死神は僕を殺さなかった。ただ僕の首を切るふりをして僕を騙していた。

 「なんで……?なんで殺さなかったんだ……」

 「ふふっ。嘘つきは詐欺師の始まり。なんてね」

 「何……?あんたは何を言ってんの?詐欺師が何……?一体あなたは何者なんだ!本当に死神か……?」

 魂を取らない死神なんて僕は信じない。普通は死んだ人間からすぐに魂を取るだろう。

 なんなんだこの死神……。

 「悪魔君。私は誰だろうね〜」

 「知るか!そんなこと!」

 「ねえねえ。君の夢は何?」

 「は……?」

 「教えてよ。じゃあ、僕が願う夢。君には分かるかな?」

 「……」

 「人を騙すことだよ」

 死神は笑顔で僕に言った。

 (人を騙す事……?死神がそんな事するのか?)

 「ねえ、ここは自由な所だ。なんでも出来るし。なんでもなれるからね。人を騙しても許される」

 「待て死神……!」

 「ねぇ、悪魔君。幸福も、不幸も無いここで、二人で生きていこうよ?」

 「おい。あんたは僕を殺さないのかよ。生きたくないって言ったじゃないか。なんなんだお前は」

 「まあまあ、そんな怒らんでよ〜。悪魔君〜」

 死神は僕に何をしようとしているのか、顔を見ても何も予想出来なかった。

 「僕がやりたいこと。それはね。言えないほどいっぱいあるよ」

 「一体なんだ?」

 「1つ目はね。君をいっぱい騙すこと」

 「お前、詐欺師みたいなやつだな……」

 「確かに?」

 まるでこの死神はかなりの詐欺師のようだった。

 「それで?2つ目は何?」

 「2つ目はね……。君の夢を作ることだよ」

 「夢を作る?叶えるではなくて、作る……?」

 「そう!夢を作る!」

 僕にとっては初めて聞いた言葉だった。

 夢を作るなんて、そんなことができるのだろうか。

 僕には想像がつかなかった。

 「その夢を作るというのはどういうことだ?」

 「ふっふっふ〜。それはまた後でのお話〜」

 「えっ……?」

 「君、りんご好きだよね!よく食べるよね!」

 「りんご?好きだけど。なんでそのことを……?」

 「はい!りんご!君にあげるよ~」

 死神は急に僕にりんごを差し伸べた。

 真っ赤な綺麗なりんごだ。どのりんごよりもとてもおいしそうだ。

 死神は目をきらきらにしながら、りんごと僕を見ていた。

 食べたそうにしているのだろうか。

 「ねぇ、死神もりんご食べたら?」

 「え?僕?いやいや、僕は食べないよ〜」

 「そうなの?そういうもんなの?」

 「死神だからね……!」

 「どんな理由だよ」

 なんだか嘘のように感じた。でもりんご好きの僕にとって、美味しそうなりんごを食べない訳にはいかない……ような。

 「食べたらあの世に送ってあげる~」

 「え?ほんと?」

 「ほんとだよ。ゆう君」

 僕はその言葉を信じてりんごをかじった。

「美味い……」

 これは、かなり美味しいりんごだ。いくらでも食べれる。

 でも……。すでに死神の嘘は始まっていた。

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