第二章 僕は死神に

 僕は目を覚ました。周りが見える。僕は首を吊ったはずだ。意識も飛んでいたはず……なのに。

 僕は涙を流しながら、死ぬ事に失敗したのかと思った。

 しかし、僕は完全に死んでいたことが分かった。

 目の前に首を吊った僕の姿が見えたからだ。

 初めて僕の全体の姿を見た。でももう抜け殻の状態だ。

 「本当に死んだんだ。ごめんね、僕……」

 首を吊った自分の姿を見て、とても悲しくなった。涙が止まらない。

 なぜなら僕が思っていた以上に残酷な姿だったからである。いくら自分の姿とはいえ……。

 もう全て終わらしたのは事実。これでいい。これでいい……はず。

 「ねえ、僕よ、泣くなよ。楽になった世界に来れたんだから」

 泣き続ける僕に言い聞かせる。

 「もう苦しむ事なんてない。もう誰にも嫌われることなんてないんだから」

 僕はもう死んだ。幸せを捨て、そして日々の奇跡も捨てた。

 僕がこれまで生きていたのも、幸せを感じていたのも、全て奇跡の連続であったからだろう。

 もう終わった事だが、もし僕の神様がいるのなら、謝りに行きたい。

 でも……。死んだことに変わりはない。

 ここからどうすればいいのか。

 死後の世界に来た僕を待ち受けるものは一体なんだろうか。死神でも来るのだろうか。

 それともいろんな幽霊たちと空を飛び回るのか。

 この世界の生き方を知らない僕は何も出来なかった。

 しかし幽霊になっても足が存在するようだ。想像していた事と少し違った。

 僕は自分の抜け殻に別れを告げ、その場を後にした。

 まるで異世界に転生したような気分。

 幽霊なのに足があり、空も飛べず、他の幽霊が見えないのは少し疑問だが……。

 そういうものなのかもしれない。

 「でも一人ってやっぱり寂しい……」

 死んだ僕でも孤独になった事には後悔している。

 でも、もう誰にも迷惑をかけない事は良い事かもしれない。

 「ゆう君、いらっしゃい」

 ……誰の声だ。急な女の子の声に僕は驚いた。

 僕は周りを見渡す。

 「こっちだよ。後ろ後ろ」

 「えっ……?」

 僕が後ろを振り向くとそこには、僕よりも身長が高い、死神のような人がいた。

 大きな鎌を持ってネコ耳のフードを被った、少し目つきの悪い女の子だ。

 (この人が死神なのだろうか)

 「あなたは死神……?」

 「その通り。あなたが幽霊になっちゃったから僕がここへやってきたの」

 「僕……?」

 「んー?」

 なんで女の子が僕って言うんだろう。女の子って普通は私とかうちとか言う気がするような……。

 「今僕って言ったよね?」

 「それが何か?」

 「死神さん…女の子だよね?」

 「そうだけど?僕とか俺って言う女の子だっているんだよ?知らないの?」

 人と関わるのが苦手な僕にとって、僕っていう女の子と出会うわけがない。

 「いや、死神。何をしている」

 「なになにー?」

 「僕の魂を取りに来たんだろ?早くその鎌でやってよ」

 ここで生き返るなんて嫌だ。もうあの世界には戻りたくないんだ。

 「あんたまだ足ついてるじゃん?つまりあんたはまだ死んでないよ」

 「え……?」

 「……でも僕の体は抜け殻になって、あそこで首を吊ってるじゃん……?」

 「ふふふ。あの抜け殻はまだ死んでないよ。僕の力で生かしてるって訳よ。つまり今の君は幽体離脱の状態」

 一体何を言っているのかが分からない……。魔法使いなのか。

 「だからいつでもあなたを生き返らせることだってできるんだよ〜」

 それはまずい。もうあの世界には戻りたくないのに。こんな簡単に戻ってたまるか。

 「僕はあの世界が嫌いだ。大嫌いだ。それに僕はいろんな人の幸せを奪ってきた」

 「えー?」

 「僕を生かすな。早く。早く僕を殺せ。あの世界に戻りたくない。絶対に」

 僕の気持ちを全力で死神に嘆く。あの自分で生きるのが絶対に嫌だということを。

 「ねえ、十五歳の君。僕はずっと君を見ていたんだ。ずっとだよ。でも君がここに来ちゃったことにびっくりしたんだよ」

 「何を言ってるんだ。僕はずっと独りだ」

 「いいえ。僕は君の事、知ってるんだ」

 この死神。とても怖い事を言ってくる。ずっと見てるとか、本当に何言っているんだ。

 「ねえ。あなたは誰。僕は知らない。あなたの事なんて。何も」

 「君は幸せを見つけるのをやめた。生きる理由を捨てた。人間が何故生きるのか、考えてたよね」

 「え……?それは……」

 僕が自殺する前に考えていた事だ。今、何故そんなことを聞かれたんだ……。

 「ねえ君。ここに来た理由を教えて」

 この死神は僕が死んだ理由を知りたがっていた。

 でもいつも僕の事を見ているなら、そんな事知っているはずなのに……。

 「ねえ、死神。あなたはずっと僕を見てたんでしょ?なのになんで理由を僕が言わなきゃいけないの?」

 「自分で言って。そうしたら君の魂を取ってあげる」

 「そう……」

 完全に死ねるなら仕方がない。理由を言うしかなさそうだ。

 「僕はいろんな人を傷つけて、いろんな人に迷惑をかけた。人を大切にする自分はとっくの昔に消えてしまったんだ」

 「ふむふむ」

 「どれだけ自分の性格を変えようとしても、一切変わらなかった。僕は永遠と悪い人間として生きていた」

 「確かに……」

 「え?」

 「見てたからね。ずっと」

 「じゃあなんのために言わせてるの!」

 僕で遊んでいるような死神に少し腹を立ててしまった。

 死んでも怒りたくないのに……。楽になりたいだけなのに……。

 「ねえ」

 「何ー?」

 言いたいことを言ってやる。

 「ねえ、僕の死神さん。僕はあんたが想像している以上に悪魔なんだよ?」

 「へ?悪魔?」

 「僕は逃げんたんだ。あの世界から。嫌いで嫌いで……」

 「ふむふむ」

 「あの世界には似合わなかった……。僕が口に出す言葉は全て嘘だった。いろんな人に嘘をついて騙して、自分を守っていた。でも、気がついたら自分を守れなくなっていた。僕は悪者だ。僕は悪魔だ」

 僕が犯した事実に幸せなどない。全て悪魔がやるような事ばかりだ。

 気がつけば僕は残酷な毎日を過ごしていたんだ。

 「僕の人生はね、他人の幸せを壊して、自分の幸せも壊した。僕は何も幸せが分からない悪魔だ。だから早く殺せ。殺せ。いいから早く殺してくれ」

 この死神には全て分かっている。僕が生きた過去を。

 僕は罪のある人間だ。すぐに殺すに違いない。

 死神だから優しい心など無さそうだからな。

 「なるほどね……。わかった。それなら殺さなくちゃね」

 死神はそう言って死神の鎌を僕の首に近づけた。

 「ちょっと乱暴にするけど、許してね。私は死に神だから」

 死神は僕の首を目掛けて鎌を振り下ろそうとした。

 「さよなら、悪魔君」

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