第5話 悪運と余韻
もう夕方で、辺りはすっかり暖かなオレンジ色だ。もう、ケイリー様の顔がしっかりと見えないほど。これが誰ぞ彼、黄昏時というやつね。
ああ…帰りたく無いわ。もう少し、何処かで遊んでいたい。
「…ん?」
帰り道、私は気づいた。あの雑貨店にいる水色の髪。彼女…もしかしてぼんやりとしか見えないけれど…シェリー様?
「どうしたの?イアリス様?」
私がずっと一点ばかり見るものだから、彼が不安そうな目で私を見る。
「いえ…すみません」
今は、彼や彼女の事を気にしたってしょうがない。せっかく物語を楽しんで、シェリー様への想いを消せそうだったのに。帰り道的に、彼女の後ろを通らないと帰れないわね。
そして、私はもう一度彼女を見る。あら、と思った。
目がパンパンに腫れている。それに隈も凄い。つい最近私にあんな誇らしげそうな顔をした彼女と同一人物とは言えないほど、顔が疲れている。私はシェリー様にバレないよう近づいていく。はやく通り過ぎないと。魔法がかかってるとは言え、油断してはいけない。
「シェリー、何を買うつもりなの?」
私の横から、誰かがシェリー様の名前を呼ぶ。…こっちをみられてしまうわ…!
「アンネッ…!」
シェリー様は、アンネと呼ばれる少女に走りながら近づき、抱きしめた。
「ちょっと…どうしたのよ」
「私ッ…クロウ様に捨てられたちゃった、クロウ様私と話した時凄く怒ってたし冷たかったッ。今日も、遊ぶ予定だったのにドタキャンで…うッ…だから私ぃ、クロウ様にプレゼント買おうと思って…そしたらまた前みたいに私を見てくれると思って!!」
シェリー様は私たちの前でアンネ様を抱きながら言う。ああ、またこれね…。まったくクロウ様は何故懲りないんだろうか。しかし、彼が不機嫌そうにするのは初めて聞いたわ。いつもは冷たいけど。笑ってはいたのに。
…おかしいわ。
あの後私はすぐに家に帰ることができた。その日は、身体が限界でやることを終わらし、すぐに眠ってしまった。
次の日、私は心地よい朝を迎えた。
なぜだろう、全く憂鬱に感じない。新しい人生が始まったと決意したときのようなすかすがしさ。私のストレスはどこかに消え去ったのだろう。ありがとうケイリー様にアルツ様。
侍女もそんな私を察したのか、ほぼ習慣のようなものだった、ポーニーテールにしましょうかと、聞かなかった。
そんな時、コンコンと扉が手によって鳴らされた音が聞こえる。
「どうぞ、」
「失礼しますお嬢様、クロウ様がお見えです」
ああ、清々しい朝は終わりね。私が呆れたような顔をしていると、ランも怒った。
「んもう!イアリス様出なくていいですよ!」
私も出たくないわ。彼はどんな顔で私に会おうとしているのだろう。今は全く理解出来ない。私はドレスを着て、玄関に向かう。
「イアリス!」
扉を開けてすぐにクロウ様の声が聞こえた。不機嫌かと思ったけれど…意外ね。そこまで怒っているわけではなさそうだわ。
「どうしたんです?こんな早朝に」
「俺が来て悪いことがあるのか?」
ああ、面倒だ。彼は私の浮気を疑うように、ニヤつきながら言う。彼のことだ、これが面白いと思っていっているのだろう。彼の笑いは、人を傷つける笑いで面白いなんて、冗談でも言えないわね。
「そういうことではありませんが…何か用がおありで?」
「ふっ…、イアリス。今日は遊びに行こう!」
私が了承する、その選択肢以外はないだろう?と自信に溢れた顔で私を見る。ああ…ほんと、これ以上振り回されるのはごめんよ。当日に、なんてほんとうに公爵家の長男とは思えない。
「申し訳ありません…先約がありますので」
私は頭を下げ、謝った。
流石に、先約という言葉があれば、帰ってくれるだろう。
……アルツの部屋にて。
「ねえアルツ。僕聞いてないんだけど」
アルツの部屋に、いきなり押しかけ、不満気にケイリーが言う。
「何がですか?」
ポーカーフェイスを崩す事なく、アルツは本当に何も無かったかのように、とぼけた。
「とぼけないでよ」
「あはは…ごめんケイリー。でも嬉しかったでしょう?」
にやにや、という顔でアルツはケイリーを見る。アルツはケイリーの気持ちを知っているのだ。友人として手助けしてやろう、と企んでいる。
「それは、そうだけど。…でも今の彼女には婚約者がいる。僕が入る隙もないよ。彼女の幸せの邪魔をしたく無いんだ」
アルツは、ああ、こいつは知らないのか、と思った。ケイリーは今まで出張していた。だから彼女の婚約者、クロウの事も、彼女が苦しんでることも。
「ケイリー、知っていますか?」
「ん?何を、」
アルツが真剣な顔で彼を見ると、ケイリーも寂しそうな顔から戻り、合わせてこちらを向いた。
「彼女の婚約者、クロウ様の噂…です」
「知らない…どんな噂なんだ」
ケイリーの瞳は、アルツだけを見る。それほど話に集中していると言う事だ。
「クロウ様は、イアリス様をほって他の女性と遊んでいるのですよ」
「遊ぶと言うのは…」
「ええ、イケない遊びですね」
ケイリーはそう言い終わった後、アルツに顔を見せないよう俯き、そして軽笑った。
「ははッ、それは本当?」
アルツはこくり、とだけ頷いた。
そしてケイリーの顔を見る。
「そうかぁ…」
何かを企んでいる顔だ、アルツはこうなることは予想していたとはいえ、ゾクリとした。
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