第6話 鋭く
「っな…!先約は私より大事なものなのか」
「ええ、とても」
今日は一ヶ月に一度しかないバイオリンのレッスン。ほぼ、私の趣味でやらせて貰っているようなものだから、必ずやりたいのだ。…きっとクロウ様より他の約束事の方がすべて大切よ。
「っ…い、今までのお前ならそんな先約など俺の方が大事だと言ってくれたのに!!」
ええ、そうでしょうね。貴方に見えないよう下を見て歯を食い縛りながらいってたでしょう。
「…いや俺が悪かったんだよな」
「…え、」
「イアリス、すまなかった」
頭を下げて、彼は謝る。なぜ、急に。
私は戸惑い、言葉を発することなくただ呆然として彼を見た。
「イアリスがそんなに俺のことが好きだったことに気づかず…!俺はこれからお前とずっと居るから。だから…!前のお前に戻ってくれ、無理しなくていい」
ああ、少しでも期待した私が馬鹿だったわね。
結局彼は自分しか見てない。私の気持ちなど、察っせる筈がなかったのよ。
前の私に戻れ…なんて、彼は本当の私ではなく演じているイアリスが好き。なら、なぜ、前の私に愛の言葉の一つすらくれなかったのか。
「…お帰りください」
「な…なぜ?!」
「本日は忙しいので」
「…あ、分かった。お前も浮気しているんだろう?!だから、俺のことを蔑ろにして他の男と遊んでいるんだろう?!」
「っ…?!」
胸に矢が刺さったような衝撃が身体に刺さる。
そして、初めて、怒りを抑えられないかもしれないわ、と思った。
「ハッ…私が最近シェリーと共に居すぎておこっているのか?」
貴方はシェリー様を捨てかけているのは知っている。
「しかしそんなやり方では俺の興味など引けぬ」
ええ、貴方の興味など欲しくも無い。
クロウ様は私の髪をサラリ、と撫でる。今すぐにでもこの手をはらいたい。そして髪を洗いたい。
「フン…俺の好みではない髪型と服だな、せめて俺の愛が欲しいならそういうところから努力してくれ」
貴方の好きでは無い髪型と、服を避けているもの。
俺の愛だなんて、良く言えるわね。
俺のせい、と自覚はしているものの、こういうところは直さないのね。
「イアリス…?」
私が無言で彼の話を聞いているとそれを寂しく思ったのか、急に弱々しい声で私の顔を伺う。
「何故無言、…まさか本当におま…ッ!!」
「クロウ」
私は初めて様をつけずに彼の名を呼ぶ。
「…?、」
出来るだけ、低く、冷たい声で。氷のように鋭く、深く深く彼に刺さるように。
「どうして私が貴方を好きだということを、前提に話しているんです」
…私は今、怒りを抑える事が出来ているだろうか。
顔に、出ていないだろうか。分からないけれど、身の前のクロウ様は冷や汗を流している。
「貴方は今の私のような女では無く、シェリー様のような可愛らしい女の子が好きなのでしょう?ならお好きにしてください。私は貴方を止めやしませんし、束縛する気もありませんわ」
そこまで言い終わって私はふふっ、と笑う。
昔の私は、クロウ様の為に無条件で愛をばら撒く、子犬のような女を演じていたわね。
けれど、私は変わるつもり。もう、貴方との結婚などに縛られやしない。
「な…?!何故止めない?!私達は婚約者なのだろう?!」
「ええその通り、婚約者ですわ。政略結婚のね」
「イアリス、おま」
「もう、今後プライベートでは絡まないでくださいませ。では」
「まて…!!!まって」
私が手を叩くと、侍女達が扉を閉め、クロウ様を外に出す。私は閉まっていく扉の間から見えるクロウ様に、微笑みながら、手を振る。
…ああ!スッキリしたわ!
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