第3話 魔法使いとカフェ





「やあようこそ、イアリス様」



アルツ様が丁寧に私を出迎えてくれた。


私もアルツ様に答えるよう、片足を引き膝を曲げるカーテシーをした。


「こちらに座って待っててください。もうすぐで来るはずです」


魔法使い様の姿はまだ見えず、もう少しで来るとの事。


…今メイドを除けば、アルツ様と二人きりということをクロウ様が知ればお怒りになられるでしょう。彼は自分は堂々と浮気するくせに、女が浮気するのは許せないらしいのだ。彼はたくさんの人から好かれている自分が、好きなんだろう。


これは憶測ではない。何度もクロウ様に聞かれることがあったのだ。例えば、後輩に勉強をワンオペで教えていた時も、「イアリスが態々教える必要がないだろう。まさかお前、あの後輩が好きなのか?はっ、とんだ浮気女だ」なんて言われたり。もはや私に怒りをぶつけてストレス発散しているのかと思ってしまうほど。


その時の私は頑張ってる私だったから「そんな訳ないじゃないですか、私はクロウ様が1番ですわ!」と答えたはず。だから私はクロウ様に浮気をしていると問い詰めることができなかった。言えば私に対しての話題に変えられ、私が浮気している、などの話に変えられるから。


私は様々なことを思い出し、ふう、と溜息をつく。するとそんな様子をみたアルツ様が、私を心配してくれたのか。


「大丈夫ですよ、彼の魔法は素晴らしいものです。クロウ様もお気づきになられませんよ」


アルツ様はふふ、と笑顔をこちらに向けた。そしてガチャ、と扉が開く。


「…アルツ、僕に何の用?」


眠たそうにしながら、ゆっくりと彼は出てくる。その不思議な佇まい、質の良いローブ、腰にかけられた杖やポーションから彼は、魔法使いだと言うことがよく分かる。


あら、何処かで見たことがある様な気がする…。髪色が赤だから、鮮明に思い出せそうだけれど。何故か記憶にない。ずっと頭の端で何かが引っかかってモヤモヤするよう。


「ケイリー、彼女が俺が話した友達だよ。」


ともだち。その言葉が私の目を潤す。疲れた心にはよく聞く魔法の様な言葉ね。こんなところで涙を流すことなど許されないけれど、初めて嫌な言葉以外の言葉で泣きそうになった。



「ああ…、君がイアリス様?初めまして、僕はケイリーアルファードです」



「初めましてケイリー様、私はイアリス・ガドナーと申します」


ケイリー様は丁寧に礼をして、私をみた。ああ、なんて彼の瞳は美しいのでしょう。燃える炎のような髪に鮮やかな赤と黄色の混ざった目。芸術家から見ればなんと素晴らしいと絶賛するのが目に見えるほどの美しさ。芸術的才能がない私でもこんなに魅了されるんですもの。


やはり、魔法を使える特別な人間は姿も特別なのね。



…ふと、脳に何かが浮かんだ。


先程の見覚えは、間違いでは無かったと肯定できる記憶が蘇ってきたのだ。



ああ、そうだ。彼は幼い頃、親に内緒で共に遊んだ彼に似ている。



しかし、その彼は赤い髪ではあったけれど、瞳は黄色だし、名はシエルと言っていた気がする。ただ似てるだけ。最終的に私はそれでこの見覚えを終わらすことにした。だって、シエルが彼なんかありえないもの。名前も違うし。



「では、認識阻害の魔法をかけるという事でしたよね」


「はい…お願いします」



彼は腰にかけてあった杖の様なものを取り出して、それを私に向けた。


「イアリス様、目を瞑っていてください。僕が言葉を発するまで、」



やはり、こういうのは秘密なのだろうか。手の内は隠していたい、というもの。

そりゃそうよね、もし真似なんかされれば国は崩壊するもの。


シュシュっ、と空気を切る音が聞こえる。

今きっとかけられているのだろう。ああ、魔法に実際に触れるって初めて。希少な体験ね。



「終わりましたよ、イアリス様」



私はゆっくりと目を開ける。ずっと目を閉じていると外の世界が眩しくて、また瞑ってしまいそう。



「俺はイアリス様ってよく分かりますね…」



ふむ…という顔でアルツ様は私を見る。


「アルツは最初からイアリス様を認識しているからね。侍女など呼んでごらん、きっと気づかないよ」



ケイリー様はにやり、と笑う。私は何も変化がないけれど、周りから見れば私が誰か分からなるなるのか。凄い。



アルツさんはケイリー様の言う通り、侍女を呼んだ。


「あら、ケイリー様と…初めましての方が居ますね。アルツ様のご友人ですか?」


彼女はアルツ様のお気に入りの侍女だから、私はよく会ったことがある。しかし、認識が阻害されている、それがよくわかる彼女の反応だった。


「さ、イアリス様行きましょう。今日は僕がエスコートしますよ」


ケイリー様は私の手を取り、ふふっと笑った。




「あの…」


「どうしたの?」


私は右手を左手でぎゅ、と掴む。


「私、こういう事のちゃんとした楽しみ方が分からないのですわ。どう楽しめばいいが全く」


シェリー様は喜怒哀楽がしっかり出来る子。私も、演技で笑顔になる事はできても、心から笑えない。クロウ様といる時は彼を楽しませようと、この明るい空気を台無しにさせまいと笑っていることはあった。だけれど、ずっと不安な気持ちでいっぱいだった。ずっと悩みだった。私のこういう所が駄目だから、クロウ様は離れていったのでは、と。


これでケイリー様もつまらないと感じられるのが怖い。だから先に言っておこうと思ったのだ。




「そんな不安そうな顔をしないで、僕は君を無理矢理楽しませようとしてる訳じゃない。今日は君のストレス発散に来たんだろ?僕はただの付き添いさ」



「それは、確かに…」



「それに、分からないって言うなら僕が教えてあげるよ。僕は遊びのプロだから」



ケイリー様はウインクをする。

私はまた無駄な事で悩んでしまっていた。



そうよね、これはただ私の発散をするだけで無理に顔を作ってケイリー様を楽しませる必要はないのよ。

ああ、そう考えると落ち着いた。黒が混ぜられた灰色が、冷水によって流されていくよう。



「お決まりですか?」



店員さんがメモらしきものをもって、此方に来る。ええと確か、私がキャラメルミルクで…ケイリー様がコーヒーだったはず。



「キャラメルミルクとコーヒーでお願いします、」



私が声を出そうとしたところ、彼も頼んでくれた。優しい。

優しい方は、友人までも優しいというのは間違いでは無かった。


注文した数分後、すぐにドリンクは来た。

あら、素晴らしい店ね。客を待たせない、その速さ。チップをあげたいぐらいだわ。



私は、満足げにキャラメルミルクを飲む。

ずっと飲みたかった。けれど、クロウ様が子供っぽくて恥ずかしいと怒るから飲むことは出来なかった。けれど最高のお店、最高の友人の友人、誰の目に止まる事もない格好。これを飲めるのって、生涯で今ぐらいじゃ無いかしら。



「美味しいですわ…」



キャラメルの独特の甘味が上手く牛乳に溶け込んでいて、とても美味しい。流石に甘すぎて、沢山飲むことは出来ないけど、何度でも飲みたくなるクセになる味。見た目も可愛くてとても好き。



ふと、ケイリー様を見ると彼もまた私を見ていた。



「ど、どうかいたしました?」



「…いや。楽しめないとか言ってからさ、僕はてっきり君は今日はずっと無表情のままかと思ってた。けど、そんな事無かったね」



ふふ、とケイリー様も嬉しそうにコーヒーを飲む。



「私…もしかして笑っていまして?」


「?…うん、僕にはそう見えるよ」



まあ、それは本当ですこと?

私は一度頬を触ってみる。確かに、口角が上がっている。


…段々昔の私を取り戻せてきたようで嬉しい。封じこめられて、作ったニセモノの私では無く本物のわたくし。この調子なら、今日はクロウ様の事もシェリー様の事も全て忘れる事ができるかも知れないわね。


「ねえ、今日は舞台見に行こうと思うんだけど」


「舞台…ですの?」


舞台…!!

一度見てみたいと思っていたの。


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