第34話 憧れて。堕ちて
「私は、貴方が憧れだった。1年生の時からね」
幅次李ちゃんは静かに語り出す。
冷世ちゃんはその言葉を聞いて、少しだけ目を見開く。
「同じ陸上部に入って、段々と成果を、結果を残していく貴方が憧れだったの」
「……なら、なんでこんなことを?」
幅次李ちゃんの目は、ほんのり
私はそれを見て、少しだけ身構える。
「確かに、憧れていた……でも、それと同時に、嫉妬が浮かんできたの」
「……っ!」
『なんで私の方を向いてくれないんだろう』『なんで私はこんな結果しか残せてないんだろう』
そう呟いた後に、乾いた笑いを零す幅次李ちゃん。
「そしたら、こんなことをしてしまった」
冷世ちゃんは睨みつけるように……ではなく、まるで憐れむように見ている。
「最初は、バレたらどうしようだとか、なんでこんなことをしてしまったんだろうとか思ってた。けれども、段々とエスカレートしていっちゃったの」
取り巻きの二人を見て幅次李ちゃんは言う。
取り巻きの二人は一緒に顔を逸らす。
「この子達も、私がただやっている所を見て、私が仲間に入れと言っただけなの。だから、この2人は悪くないよ」
「幅次李!?」
幅次李ちゃんは二人を庇うかのように言う。
それを聞いて、二人は幅次李ちゃんの方に近づく。
「庇うだなんて…」
「呆れた。そんな所で仲間意識か?」
私が呟いた後に、狸吉さんがため息と同時に言った。
それを聞いて、幅次李ちゃんと二人は狸吉さんを見る。
「いいか?やったことは犯罪だ。その2人も同じ、レコードに声が残っちゃってるんだよ。共犯なんだよ」
「それは分かってる。でも…」
「でもじゃない」
狸吉さんの声は段々と低くなっていくのがわかる。
私は狸吉さんの服の袖を掴む。
「言い過ぎじゃ…」
「やったことに変わりはないだろ?」
それはそうなんだけど……。
そう思っていると、冷世ちゃんが幅次李ちゃんに近づく。
そして、手を振り上げ、頬を思いっきりパチンと叩く。
「……なんでこんなやり方なの?」
「……っ」
「やったことに変わりはない。その通りだし、私達は許すつもりは無い」
静かに語りかける。
それを聞いて、幅次李ちゃんはこくりと頷く。
「だけどね、それは
冷世ちゃんはそう言う。
私と狸吉さんは「あっ」と同時に呟く。
「……いままでやってきたことを貴方達は胸に刻んで。今から、そしてこれからも」
「……はい」
「そして、私に追いつけるように、こんな手を使わないで、努力して」
「……はいっ…!」
幅次李ちゃんの顔は、涙でグチャグチャになっていた。
取り巻きの二人は、一緒に頭を下げる。
「ごめんなさいっ……!」
「…はぁ……。ほら、そろそろ帰る時間だから、立って」
冷世ちゃんは幅次李ちゃんの目の前に手を差し伸べる。
幅次李ちゃんはそれを掴んで立ち上がる。
私は少しだけ微笑んで、狸吉さんは頭をポリポリと掻いている。
もしかしたら、私たち以外がこれの場面を見たら、そいつらを許すなとか言われるんだろう。
けれども、少なくとも、今だけは…。
「これで終わりで、いいんじゃないかな」
誰にも聞こえないように、私は呟いた。
◇◆◇
「冷世は優しすぎるよ」
「え?そうかな…」
私が言うと、冷世ちゃんは頭の上にハテナマークを浮かべて首を傾げる。
はぁ……。それも分かってないから、あんなことをホイホイ言えるんだよなぁ……。
「それで、あの三人はどうしたの?」
「うん。とりあえず、服の弁償はしてもらう事として、その後は一緒に頑張ろうって言って別れたよ?」
「………やっぱ優しすぎるんだよなぁ……」
私が呟くと、冷世ちゃんは再び首を傾げる。
そういえば、幅次李ちゃんの目が赤かったけど、冷世ちゃんが手を差し伸べた時には赤くなかった…。
じゃあつまり、解放されたってこと?
それなら良いんだけど……。
「どうしたの?」
「え?いや。なんにも……あっ、鬼円だ」
私が適当にはぐらかしていると、鬼円が木刀を持って佇んでいた。
私たちは鬼円の元へと近づいていく。
「……よぉ、お前ら」
「何してるの鬼円?」
「木刀持ってるから……剣道部の手伝いでもしてたの?」
「……あぁ、まぁ、そんな所だな」
少しの間があったのは気になるけど。
剣道部の手伝いってことは、音流さんの手伝いでもしてたのかな?
「帰らないの?」
「まぁ、少しやることがあるから残るわ」
「そっか、じゃあまた明日ね!」
「もう、またな」
私たちは鬼円にそう言ってから、校門を出る。
「もうあんなに仲良くなってたのね」
「まぁね〜!それじゃあ私こっちだからさ!」
「うん。ありがとね。今日のこと」
冷世ちゃんにそう言われた。
なんかムズ痒いって言うか、照れくさいって言うか…でも、役に立てたのならいいよね。
私はそう思いながら、帰路のつくのであった。
◇◆◇
「帰った……か」
全校生徒が帰ったのを確認した鬼円は、目を瞑る。
そして、気配のある方へと向かう。
「どうやら、春乃達はうまくいったみてぇだな」
先程帰っていった幅次李の事を頭の中で浮かべながら、鬼円はそう言う。
鬼円の手には木刀が力強く握られていて、外から部室がある建物の……上を睨みつける。
「で、お前誰だよ」
鬼円はその上にいる人物に向かってそう言う。
その人物は笑みを浮かべて鬼円を見ていた。
「この前からそんな変な気配を醸し出しやがって……それに、その気配……どうも人間のようには思えねぇ。何もんだ」
鬼円がそう言うと、その人物は立ち上がる。
「まずは自己紹介じゃないのかしら……?」
その人物は、鬼円にそう言う。
鬼円は額に汗を垂らしながら、気を張っていた。
「私の名前はツァーカブ。以後、お見知り置きを……ってね」
鬼円と、得体の知れない凶悪が、そこに立ち会っていた。
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