第18話 彼氏彼女


 「んん〜! 終わったぁ…」


 香蔵さんはそう言って背筋を伸ばす。

 狸吉さんはノートをカバンに仕舞って微笑む。


 「今やったやつを復習すれば、高得点は取れると思うよ」

 「ありがとう! さすが狸吉ちゃん!」

 「やめてよ…」


 顔を少しばかり赤くして言う狸吉さん。満更でもなさそうだね。

 ふと、机の方を見ると、食器を片付けている鬼円が見えたので、私も食器を手に持つ。


 「手伝うよ」

 「…助かる」


 鬼円がそう言った。

 私は少しだけ照れくさそうにエヘヘと笑みをこぼす。


 「狸吉さんの勉強凄かったね」

 「あぁ。分かりやすかったな」

 「うん。この調子で高得点取ろう!」


 鬼円はあぁ。と言って立ち上がる。


 …?

 なにか考え事してるのかな?


 「どうしたの?」

 「いや、何でもねぇよ」


 鬼円はそう言って、台所に足を運ぶ。

 私も鬼円の後を追って台所へと向かう。顔を見ると、鬼円は顔を顰めていた。

 やっぱり、なにか考え事をしている。


 ま、きっと鬼円の事だし大丈夫か。


 「そういえば、鬼円って努力家なんだね」

 「あぁ?」

 「ほら、ずっと道場で稽古してたんでしょ?」


 鬼円にそう言うと、あぁ…と思い出したかのようにため息を出した。


 「あん時は…なんかな……ってか、誰から聞いたんだよそれ」

 「え、音流さんから」


 鬼円はあんの野郎と呟いている。先輩に向かって『あんの野郎』はマズイよ!?


 「でも、どうして稽古してたの?」

 「……まぁ、ちょっとした理由な」


 鬼円が語り出そうとした時、音流さんが台所に来る。


 「なんか楽しそうな話してる〜!」

 「なんですか元凶」

 「げ、元凶?!」


 鬼円が嫌そうな目付きで元凶…もとい音流さんを見て、それを聞いた音流さんがギョッとした顔をする。

 私はそれを見てブフッと吹き出しかける。


 「終わったら早く帰るんだな…クソジジィが帰ってくる頃だ」

 「自分のお爺さんに向かってなんて口を!?」

 「クソジジィはクソジジィだ…ほら、帰りな」


 口が悪い?!

 鬼円がさらに言うと、音流さんはしょぼんとした顔をして、居間の方へとトテトテと歩いていった。


 「よし。後は置いておいてくれていい」

 「分かった!」


 私はコトッと食器を置く。

 その瞬間、外の方で物音がした。まるで、扉を開けるような…そんな音。

 鬼円もそれに気づいて、外の方を向く。


 「…なんだ?」

 「なんの音だろ?」

 「キャァァァァァ?!?!」


 すると、音流さんの叫び声が聞こえてきた。

 私と鬼円は一気に駆け出して居間の方へ向かう。


 居間では、狸吉さんと香蔵さんが縁側の方を向いている。

 縁側の外では、大男に首を絞められてる音流さんの姿があった。


 「音流さん!」

 「何してんだお前!!」


 大男に向かって、鬼円が蹴りかかる。

 鬼円の蹴りが大男に入るも、微動だにしていない。しかも、右手で鬼円の足首を掴んでいる。


 「ぐぁっ?!」


 鬼円の足首を掴んだ大男は、鬼円を地面に叩きつける。

 その衝撃が凄まじく、地面にヒビが入る。


 「鬼円!」

 「鬼…円……!」


 音流さんが言葉を発すると、大男は更に力を込めたのか、音流さんがさらに叫び声を上げる。

 あの大男……!


 「あれ……?」


 ……?

 赤い光……!小村樹先生と同じだ!


 「狸吉さん!」

 「分かってる!」


 カチカチと音がなり、狸吉さんの体に炎が纏われる。

 狸吉さんが勢いよく飛びかかり、脇腹を思いっきり殴る。

 流石の大男も脇腹を殴られたのが効いたのか、音流さんを離して脇腹を抑える。


 「音流さん!」

 「ゲホッコホッ……」


 音流さんは喉を抑えて咳き込んでいる。

 鬼円が立ち上がり、大男に殴り掛かる。大男はそれを両腕を使って受け流している。


 「コイツ…!」

 「待って……鬼…円!」


 音流さんが声を上げる。

 鬼円は音流さんの方を向き、黙り込む。


 「ケン君……ど、どうしてここが?」

 「……ケン君だと?」


 鬼円が音流さんの言葉を聞き、目を見開いた後に、大男の方を見る。

 ケン君って……。


 「俺に、お前の居場所が分からないわけがないだろ?」

 「ケン君……おかしいよ最近! 少し間違えただけで殴り掛かるし! さっきだって、電話の後にあんな……メッセージ送ってきて!」


 メッセージ…。

 もしかして、鬼円が考え込んでたのって……。


 「俺は、お前にしっかりして欲しいからこんなことをやってるんだろう?」

 「彼女泣かせて何言ってんだ」

 「何?」


 鬼円がケン君と呼ばれた大男を睨みつける。

 その拳は、強く握られていて、血管が浮き出ていた。


 「しっかりして欲しいだと? それが泣かせる理由にはならねぇだろうが……!」

 「貴様には関係の無いことだ」

 「ふざけんな! 関係あるから言ってんだろ!!」


 鬼円が怒声を上げる。

 その瞬間、鬼円から噴き出るようにオレンジ色のオーラが。

 鬼円の能力だ!


 「ぶちのめしてやるよ!」

 「……まずはお前から指導してやる」


 鬼円が戦闘態勢を取り、大男はただ立ったまま鬼円を静かに見つめる。



 鬼円から動き出した。

 鬼円が走っていき、右フック。だが、大男はそれを左腕だけで受け止め、鬼円の顔面に拳を叩きつけようとする。


 「シッ!」


 鬼円は顔を逸らしてそれを避けて、右脚の膝を大男の顎にぶつける。そのまま閉じていた右脚を開いて、蹴りを入れ込む。

 その勢いで、大男は後ろにズザザと音を立てて移動する。


 「ハァッ!」


 鬼円の正拳突き。

 だが、大男は腹でそれを受け止めた。流石の鬼円も驚きを隠せずに、汗を垂らす。


 大男は手を合わせて指を組み、鬼円の脳天に向かってそれを叩き落とす。

 鬼円から、人体からは有り得なさそうな音が鳴る。


 だが、鬼円はそれを踏ん張って耐え、右腕を構えて、大男にアッパーを仕掛ける。

 アッパーを食らった大男の体が少しだけ宙に浮き、それを見逃さずに鬼円は肘打ちを腹に叩き込む。


 肘打ちを食らった大男は吹っ飛び壁に激突する。


 「っ痛ぇ……バケモンかよ…」


 鬼円は頭を抑えてそう言う。

 音流さんは立って、鬼円の方へ駆け寄る。そして、大男の方を向いて叫ぶ。


 「もうやめてケン君!」


 起き上がった大男は音流さんを睨みつける。


 「は?」


 大男はいつの間にか鬼円の目の前に立っていた。

 鬼円が惚けた声を出して、大男を見上げる。

 大男は手を握り、鬼円の顔面に殴りつけ、壁に叩きつける。


 「け、ケン……ケン…君……」

 「行くぞ。お仕置するからな」


 大男は思いっきり音流さんの手を掴み、連れていこうとする。

 私は近くにあった石を拾って、大男に向かって投げつける。


 「……」

 「っ……! ね、音流さんを! 離せ!」


 大男はその赤く光ってる目で私を思いっきり睨みつける。

 …しまった。足がすくんで動けない……!

 大男は音流さんの手を離して、こちらに向かってくる。


 私は再び石を拾って、大男に投げつける。

 だが、大男はそれを掴み、粉々に潰す。それを見て私は絶句する。


 「…嘘……でしょ……」


 大男はこちらに近づき、手を握りしめて、構える。

 ダメだ、逃げられない。殴られる……!


 そう思った時、大男が揺らいだ。

 横から、鬼円が飛び蹴りを入れていたのだ。


 「鬼円!」

 「お前、戦えねぇくせぇに喧嘩売りやがって…」


 鬼円にそう言われた私はうぐっと声を出すことしか出来なかった。

 鬼円は、だが、と呟く。


 「根性は認めてやる」

 「……鬼円! やっちゃって!」


 私が言うと、鬼円は頷いた。

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