第17話 勉強って大事だよね


 勉強会は順調に始まって行った。

 音流さんは自力で問題を解きながら、多々頭を抱え、狸吉さんに解き方を教わる。

 香蔵さんは鬼円が持ってきたお菓子をバリボリと食べながら狸吉さんに徹底的に教えて貰っている。


 …。

 た、助け合うことはいいことだし…。


 「ここは、2年の復習問題だな」

 「へ? …………。春ちゃ〜ん」

 「いや、そこまだ習ってないので知りませんよ?!」


 香蔵さんがこっちを見てくるので私は首を横に振る。それを見て狸吉さんが苦笑いを浮かべる。

 でも、みんなで集まって勉強会って初めてだなぁ…。中学の頃とか、誰とも絡まなかったし…。


 すると、音流さんがスマホをチラッと見て目を大きく開けた。

 音流さんは、スマホを手に取り、電話してくると言って足早に居間から退室した。


 「なんだろ?」

 「……さぁな?」


 鬼円は何か、目を細めて言ったけど、なんだろう?




 ◇◆◇



 「ねぇ、最近おかしいよ?」


 音流は、電話している相手に向かってそう言った。

 すると、相手は少しだけイラついたような声をうなりだした。


 『すぐ帰ってこいと、言ってるだろう?』

 「でも、勉強会ぐらいだっていいじゃない。お昼食べてすぐ帰るだけだし……」

 『お昼ぅ……?そんなにやるのか?!えぇ?!』


 電話の相手はそう怒鳴り出す。

 その声を聞いて、音流はビクッと体を強ばらせ、震えた声で言う。


 「と、友達と、友達と一緒にいるから……」


 しばしの無言。

 その後に再び低い唸り声が聞こえた後、相手から言葉を発した。


 『いま、どこにいる?』

 「え、え?」

 『今どこにいると聞いたんだ……!』

 「お、鬼円……後輩の家……」


 再び無言。


 「そ、それじゃあ……」


 音流は震えた指で通話終了のボタンを押した。

 そして、額の汗を服の袖で拭う。


 「……どうしちゃったんだろう……ケン君…昔はそんな人じゃなかったのに……」


 音流はそう呟いた後に、再び服の袖で顔を拭って、スマホを見る。


 「……へ?」


 そこには、大量の文字の羅列が。

 音流は、泣きそうな目になりながらも、すぐに電源を落とす。

 そして、ペタッと地面に座る。


 「こ、怖い……怖いよ……ケン君……ほんとに、本当にどうしちゃったの……?」


 その静かに、か細い声を出した音流。

 それを、鬼円は静かに、黙って盗み聞いていた。


 (……なんだ?ケン君……は、彼氏の名前だろうな…束縛が酷いって言ってたけど、これじゃ束縛と言うか……)


 鬼円は頭の中で沢山の疑問符を思い浮かべていたが、直ぐにそれを消し、音流に近づく。


 「先輩、大丈夫っすか?」

 「……ん。大丈夫大丈夫!すこし疲れちゃっただけだよ!鬼円の家デカイからさ〜」


 鬼円が声をかけるが、音流は無理に笑顔を作り、鬼円の方を向いて笑ってみせる。

 鬼円はその顔がとても、とても辛そうだなと、心の底で呟いた。


 「なんかあったんすか?」


 つい呟いてしまった。

 鬼円はハッとして、音流の方を見る。


 「……な、何にもないよ…」


 無理した笑顔。

 鬼円は少し睨みつけた後に、立ち上がり、歩き始めた。


 「行きましょ。まだ勉強会終わってないっすよ」

 「……うん。そうだね」


 音流はそう言って立ち上がり、鬼円の後を歩く。


 (彼氏彼女の関係ってあんなものなのか…?いや、んなわけねぇ。彼女泣かせるのはアホがやることだ…ってことは、何が原因が?)


 人間とはストレスに弱い。

 ストレスによっては、何でもないことに対してもイライラしてしまう。


 (だけど、今回のはなんだか……ストレスってよりもっと、攻撃的というか…)


 束縛とは言うが、明らかにそんな程度のものでは無い。

 鬼円は険しい顔をしたまま、部屋の中に入った。






 ◇◆◇







 「で、このド・モアブルの定理がね…」

 「ど、ド・モアブル……?」


 香蔵さんは首を傾げた。本日何度目だろう…。

 鬼円と音流さんが帰ってきたあとはそのまま順調に進んでいき、お昼頃となった。


 「鬼円はテストどうなの?」

 「普通に授業を受けてりゃ大丈夫だろ」


 後ろで2人ほど言葉の槍に貫かれた気がするけど、気のせい気のせい。

 鬼円はご飯を口に運んでもぐもぐと食べる。


 「……鬼円って行儀良いんだね」

 「それ私も思った!」


 私がつぶやくと、香蔵さんも頷いた。

 ピシッと背筋を伸ばし、皿を手に持ち、箸も正しい持ち方で、ちゃんと食べ物を咀嚼する。

 まるで見本のような食べ方である。


 「……ジジィがうるせぇからな…」

 「へぇ……普段鬼円って何して過ごしてるの?」


 鬼円はそんなこと聞いてどうするんだよと言った顔をするが、うーんと考え始めた。


 「大半は…ゲームとかして過ごすな。あとは……音流んとこの道場で木刀振ってる」

 「へぇ……木刀かぁ…」


 私にとって特に必要ないからな…。

 そもそも、超能力部にとっては能力があるからいらないものだと思ってたけど…。


 そっか。能力によって違うのか。


 例えば、狸吉さんの能力は確か『火』。木刀とは相性が悪いや。

 でも、鬼円の能力……分からないけど、身体能力を上げる系の能力で、武器を使いやすい。


 能力にも色々あるんだなぁ…。まるで漫画みたいな世界だ。


 「cos(π/3)+isin(π/3)は,偏角π/3でしょ?{cos(π/3)+isin(π/3)}4は,偏角π/3を4倍すればいいってこと」

 「……oh,Really??」


 ダメそうだね。


 「意味わかんねぇ公式だな…」

 「うわっ、見ただけで頭痛くなりそう…」


 私と鬼円が教科書を覗くと、鬼円は嫌そうな顔をして、私も顔を顰めて距離をとる。


 「君達、これをやるんだよ…」

 「おえ…」

 「頑張らなきゃ……だね…」


 結構頭のいい高校だから、もっと酷い計算とか出てきそうだな…。


 「そういえば、超能力部に顧問来たんだよね?」


 音流さんがそう言う。

 私と鬼円は香蔵さんの方を向く。


 「うん。黎矻先生でしょ?」

 「凄い漢字だよね…黎明期の黎に、矻は……こつ、だっけ」


 改めて考えれば、凄い名前だし、なんで顧問なんかやるつもりになったんだろう。


 「噂だとさ、黎矻先生って先生じゃないかもって話もあるみたいだよ」

 「どういうこと?」


 音流さんの言葉に狸吉さんが傾げる。


 「なんか、服装とか髪の毛とか……まるで人生どん底みたいな格好してるから、実は幽霊とかじゃ?みたいな話が出てるみたいだよ」

 「でも、校長先生も認知してたわけじゃん」

 「あくまで噂だからね…。そもそも幽霊とか子供っぽいし」


 鬼円がそりゃそうだみたいな顔をして頬杖をつく。

 私も噂なんてあんまり信じないけど、髪ボサボサっていうのは教師としてどうなんだろう?


 「ま、顧問が出来るのはいい事だからね」

 「さすが。部長が言う説得力はありますわ」


 鬼円がそう言うと、音流さんがふふっん。とドヤ顔をし始めた。


 「ドヤ顔しなくてもいいよ」

 「え、急な梯子外し…?」

 「いいから勉強しろよ」


 鬼円がそう言うと、音流さんがブー!と頬をふくらませて鬼円をポコポコ殴る。

 私はそれを見て苦笑いを浮かべ、狸吉さんの方を向く。


 「そういえば、終わったんですか?」

 「まぁ、大半はね。後は復習と実習をするしかないよ」

 「じゃあ、私たちのところも教えてください!」

 「お、いいよ。2年の範囲は確か…」


 私はパラパラと教科書を開き、狸吉さんにそれを見せる。

 狸吉さんの講座がこうして始まったのであった。

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