第2話 大切な人って誰ですか?

「ねぇ、舞雨さんの大切な人について何か知らない?彼氏とかかな?」

舞雨さんに振られてしまった僕は姉の慈音(じおん)に聞いた。舞雨さんは大切な人について何一つ教えてくれなかった。

(舞雨さんが悲しい顔をすることや窓の外を見て怯えていたことと何か関係があるのかな?)


「そうね……舞雨から大切な人なんて聞いたことないし……彼氏もいないって言ってたけど……」

「そっか……姉ちゃんにもわからないんじゃしょうがないか……」

「あ、もしかしたらだけどね……」

諦めモードの僕に姉は思い出したかのように突然話し始めた。

「舞雨には高校時代付き合っていた人がいるの……高校卒業後に遠くに行っちゃって、今はもう連絡すら取れないけど……本当に舞雨とは仲が良かったから忘れられないのかもしれない……」

「そうかな……」

姉の話は現実的ではないと思いつつも舞雨さんの元彼について気になる僕は話を続けた。

「その人、名前なに?」

「京馬だけど……」

京馬。舞雨さんの元彼か……。少し僕はショックをうけながらこれからどうするかを考える。そしてやっぱり舞雨さんのことを諦めることはできないのだと思うのだった。


「舞雨さん、今日もよろしくお願いします!」

「よろしくね、藤都くん」

いつものように挨拶をし仕事に取りかかる。お互いに告白のことは触れずに他愛のない会話を続け中一人の客が店の中に入ってきた。普通の客ではなく舞雨さんの知り合いのようで二人で話し始めた。僕は其の様子がとても気になった。舞雨さんが話している相手は彼女と同じ歳くらいの男性だったからだ。少し見すぎたらしい。その男性は僕の視線に気づいたようで舞雨さんに聞いた。

「舞雨、その子新しいバイト?」

「そうなの。慈音の弟の藤都くん」

「へぇー、あいつの弟……確かに似てるな」

どうやら姉の知り合いでもあるようだ。もしかしたらこの人が舞雨さんの元彼の京馬なのかと一瞬思ったが、遠くにいるはずだから違うのだろう。

「オレは舞雨の幼なじみで市役所に勤めている夏陽です!藤都くん、よろしくね!」

舞雨さんの幼なじみ。明るく活発そうな姿のする男性は夏陽さんというようだ。名前のように夏っぽい人だと僕は思った。

夏陽さんは舞雨さんの会話はしばらく続いた。


接客で忙しい舞雨さんの代わりに僕が夏陽さんを見送ることにした。

「本日はありがとうございました」

「こちらこそどうも!じゃあさよなら」

「あ、待ってください。聞きたいことが!」

舞雨さんの幼なじみである夏陽さんなら京馬について何か知っているかもしれないと思い、あわてて引き止める。

「夏陽さん、舞雨さんの大切な人について何か知りませんか?もしかして舞雨さんの大切な人って京馬とかいう……!」

僕はこれ以上聞くことができなかった。さっきまで明るかった夏陽さんの顔が急に一変したからである。とても冷たい顔で、冷たい声で僕に言い放った。

「君には関係ないだろ……君は舞雨のことが好きなのかもしれないが、そう簡単に踏み入っていいことじゃないから」

僕は何も言い返せずに夏陽さんの立ち去る背中を見つめるしかなかった。


その日の夜は雨が降った。

ベッドの中で雨の音に怯えたように舞雨は隣で眠る男にしがみついた。

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