第11話 想い出の場所へ


 狼のような灰色の獣が飛びかかってくる。


「シッ!」


 短く鋭い呼吸音と共にアベルは剣を横へ薙いだ。アベルの剣は光の軌跡を残し狼の魔獣を横へ一直線に切り裂いた。


「リーナ、こっち」


 左手でリーナの手を引きアベルは走る。


「アベル、神殿はそっちじゃないわ」

「人の足じゃ間に合わない」

「車が……動かないのか」


 神殿までかなりの距離があり、徒歩では神殿にたどり着く頃には月面世界ミナスは滅びている。かと言って魔導機関が動かないので車も使えない。


「こっちに魔導機関を使わない乗り物があるんだ」

「そんなのがあるの?」


 初耳である。


 魔導機関を使わずどうやって動くのか、リーナは想像もつかなかった。


 目をぱちくりさせる可愛いリーナの様子を見て笑いながら、次々に襲ってくる魔獣をアベルは一刀のもとに斬り捨てた。


(ホントに強いなぁ……それにやっぱりカッコ良い)


 事もなげに魔獣を倒していく幼馴染みの頼もしさと、まるで殺陣のような流麗な剣技にリーナは見惚れた。


「それで神殿には何があるの?」

女神様テーア!」

「え?」


 リーナの意外な回答にアベルが一瞬固まるが、向かってくる魔獣には瞬時に対応して剣を振るう。


「それ本気で言ってる?」

「本気よ。私を信じてアベル。女神様はいるわ」


 アベルも太古の昔に神が存在したと信じてはいる。だが、彼らがこの地より去って久しい。


「リーナ、神々は1万年前にこの世界からいなくなったんだ」

「ええ、彼らは信仰を求めて新たな世界へ旅立った、女神様がそう言っていたわ」

「言っていたって……リーナは女神に会ったの!?」

「夢の中でね」

「夢って……」


 アベルはリーナがいよいよ現実逃避してしまったのかと疑った。


「アベルの言いたいことは分かってる。でも私にはあれが事実だって感じるの」

「……分かった、リーナを信じるよ」

「ありがとう」

「どのみち他に方法は無いし、女神がいなくてもリーナと最後を迎えるのが想い出の場所なら悪くない」


 アベルはリーナの手を引きながら覚悟を決めた。


 2人は魔獣の襲撃を掻い潜り、大きなグラウンドのような場所へと走り込んだ。


「ここは?」

「向こうに厩舎がある」

「厩舎!?」


 アベルの目的は馬場にいる馬であった。


「ちょっ、私、馬なんて乗れないわよ!」

「大丈夫、俺が乗れるから」


 アベルは厩舎の鍵を剣で壊し、素早く入ってさっさと馬を見繕う。その手際の良さにリーナは感心するより呆れてしまった。


「ホントにアベルって何でもできるのね」

「惚れ直した?」


 アベルはパチンとウィンクするとひらりと馬に飛び乗った。


「惚れ直すも何もないわ」


 アベルの差し出された手を掴むとリーナはグイッと引っ張り上げられた。そのまま横抱きにされたリーナはアベルの耳元に口を寄せる。


「最初から大好きだもん」

「え!?」


 不意打ちのつもりが不意打ちを返されアベルは顔を真っ赤にした。


「少しは仕返しができたかしら?」


 くすくす笑うリーナにアベルは苦笑いして馬を急に走らせる。


「きゃっ!? ちょっとアベル!」


 突然の急発進にリーナは驚きアベルにしがみついた。その温もりを感じながらアベルは意地悪っぽく笑う。


「急がないとだろ?」

「そうね、せっかく告白したんだもの」


 まだ自分も死にたくない。

 アベルを死なせたくない。


 馬を走らせるアベルの顔を見上げながらリーナは思う。


「そうだね、せっかくリーナに好きって言われたのに死んでられないや」

「ねぇ、昨日の約束はまだ有効?」

「当然!」

「じゃあ、無事に帰ってこれたら私と結婚してくれる?」


 リーナの結婚の申し込みにアベルの顔が少年のように輝いた。


「がぜんやる気が出てきた!」

「きゃあ!」


 ひゃっほー、とらしくない奇声を上げてアベルは馬の歩度を一気に速めたのだった。

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